月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

13X とある獣達の事情Ⅱ

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 スイが怒っている。
 相変わらずアキの存在を視界に入れる事はないのに、フェイの頭を撫でる事を止めてしまった手の動きと、纏う雰囲気、それ以上に、吹き荒び始めた風の動きが、スイの心情を語っていた。

 ここは、アスと言う存在の眠りの中ではあるが、スイの在る場所でもある。だから、その感情はこの場所そのものへと影響を及ぼすのだ。
 何時かの時に、アキの在った場所が荒涼とした灰色の大地であった様に。

 上空で唸る様に渦巻き始めた風。
 巻き上げられた大樹の葉は遥か上空へと吸い込まれ行き、何時しか暑い雲を巻き込み世界を暗く染めていた。
 そんな状況にあって、怒りの原因となっているアキは、樹の根に寝そべったままの体勢すら変える事なく、興味深気に、そんなスイの様子を見ているのだった。

「ねぇ?」

 何が“ねぇ”なのか、温度のないその声音に空気が緊張を孕む。

 だがその瞬間、前ぶれなく、ごぉっと大気が唸り、闇に沈みつつあった世界へと赤い炎が走った。
 黄色と白色が交じり踊る、激しく荒々しくも何処か柔らかな焔の乱舞。
 その炎は、踊りながらの、刹那の疾駆の先に、現れた時と同じ唐突さで消え失せ、そして後には暖かく乾いた空気がその残滓として残されているのみだった。
 周囲には焼け跡どころか、微かな焦げ目すらもなかった。空気が熱を残す事もなく、炎は暗闇をもたらそうとした不穏なだけをただ滅して行ったらしいのだ。

「・・・・・・」

 炎に包まれながらも、周囲と同じ様に火傷一つ負う事のなかったスイが、前髪の奥で目をしばたたかせていた。

「ソレにそんだけ感情が動くなら、もう一押しなんかやらないだろうな」
「・・・もう、ずっと、私の心が動くのは、この子に関係した事にだけですよ」

 アキの何でもない事の様な物言いに、スイにしては珍しい何かを迷う様な逡巡があった。
 それから、言おうと迷った言葉はそれだったのかどうか分からないが、口を開きぽつりと溢すように告げて、フェイの前髪を一撫でだけした。

「まぁアタシとほぼ同じぐらいに、そうなったワケだから、いい加減とち狂ってくるのも分かるがな」
「魔女としてなら同期でしたしね」

 アキが自らの前足へと舌を這わせながら言えば、幾分か感情の抑揚が戻りつつあるスイの声が応じる。

「触媒やら情報やら色々と便利に融通してもらったな、懐かしい」 
「こちらも強力な魔獣を単独で狩れる貴女を重宝しておりましたし・・・そんな貴女が、幼女を連れ歩いていると聞いた時はなんの冗談かと思いましたがね」
「そう言えばその時も世話になったんだったか」
「一ヶ所に留まっていない貴女へ届ける子供用品もそうですが、を融通したのも私です」
「常識を融通?」

 何の話しだと、心の底から分からないと言った反応のアキの様子に、フェイの事以外では心が動かないとまで言ったスイの笑みが、アキの方を見ないままにも鉄壁のものとなる。

「そう、何せ、あの子との初顔合わせが、まだ正しく六歳ぐらいだったあの子が、ナイフ片手に上位の竜種へと特攻をかける寸前でしたからね!?」
「ちょっと待て、それはさすがにアタシのせいじゃないぞ」
「世話してくれている貴女へのお礼だって言うのですから、間違いなく貴女のせいでしょう!」
「アレはお前に繋ぎが取れなかった時に利用していた商人のおばちゃんから、竜種素材は入手の困難さから高値がつくと聞いたらしくて、気が付いたらいなくなってたんだ」

 アタシのせいじゃないと不本意を告げるアキをフェイは鼻で笑う。

「歳端も行かない子供に気を使わせる甲斐性なしだったと言う事でしょう」
「ぬぐ」

 痛いところと言うか、多少なりともでも何等かの心当たりがあるのか、アキが目に見えて狼狽えた様子を晒していた。

「止めるでもなく、静観していたのはお前もだろう」
「止める義理もありませんから」
「そうだった、お前あの時分には既にそうゆー感じだったよ!」

 せっかくの反撃をにべもなく叩き落とされたアキが、不貞腐れ、項垂れた様に身体の前へと並べた前足の上へと顎を落として突っ伏している。

「お前の様子を一応とばかりに確認に来ただけなのに、何なんだこのやり取り」
「・・・追い詰めるだけ追い詰めて、そこに仕上げの一撃を持ってこれば簡単に粉々になる。やるつもりはありましたよ?貴女の登場がなければですがね」

 淡く笑う様な声の響きこそが、スイの軽さを装った言い分を嘘や冗談のままにしておいてはくれない。

「こっちの都合もあるが、でしゃばったのも分かってる、であって、そうなる前にアタシがここにいる」

 それが全てだと、アキもまた笑っていた。
 スイとは異なる屈託のない笑みだった。

 フェイと会う筈のなかったスイの意思。だが、そんなスイの拗らせ具合を危うんだアキが、あそこまでフェイを誘えばスイが動くだろうと想定しての今だった。
 そして、踏み留まる事なく、スイがフェイをとした時に、その選択をそんな見切りの時もあるだろうなとと眺めていた。

「・・・その辺りはソイツも考えて、手を打ってたな、迎えだ」

 赤い双方が見遣る青い空の一点。
 まるで水面を逆さにして見ているかの様に、その青い空がアキの見る点を中心に波紋を広げて行った。


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