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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
13X とある獣達の事情Ⅰ
しおりを挟む青と青と碧。
抜ける様なとは言い難いが青一色である空を突く様に、雄大で長大な樹が生えていた。
遥か彼方からでもその存在は確認でき、またそれ程の距離をとらなければ、その全容を見る事は叶わない。
佇立する壮大で堂々たる姿。
その根もとは幾重にも分かれ、捩れ絡み合いながらも大地へと根を下ろし、幹の上方で広がる枝々が繁らせた大きな葉の影になり上手く空からの日の光が届かない箇所でも、その樹そのものが放つ淡い燐光が、柔らかく苔むした樹皮を包んでいた。
その苔むした根の一つ、大樹の幹を背にして、樹を取り囲む様にして広がった広大な湖へと目を向ける鳥が一羽いた。
浅葱色の羽を持つ一羽の鳥と、そして、一人の人間。
彼か彼女か、中性的で判断がつけ難く、けれど、どちらだったとしても整ったと表現できるであろう秀麗な面持ちは、眠っているのか、その目を閉ざしていた。
目を閉じたままの顔へと僅かに掛かっていた長い、癖のない緑翠色の髪を梳かす様に撫でる、しなやかで細い五本の指を持つ手。
鳥は、いや、既にその姿は鳥とは言い難いものとその姿を変えていて、けれど、完全に鳥でなくなった訳ではなく、だから少し前迄、鳥だったと表現すべき生き物は、自らの膝へと置いた頭をただ愛おしげに人としての手で撫で付けていた。
浅葱色の羽と同じ色合いのサラサラとした前髪の奥に、酷くご満悦と言う感情で切れ長の双眸を細めた鳥だった生き物。
その生き物は、今ではもう“スイ”とそうとだけ呼ばれる存在だった。
スイは羽を纏いながらも人の四肢を持ち、顔をして、そして今では深緑色の長衣を羽織る様にしてその身を覆っている。
そして、スイが今、これ以上ない程に愛おし気に視線を落とし、慈しみに溢れた仕種で頭を撫でる男性とも女性とも判断し難い人物は、自らをフェイと名乗り、翠翼の魔女を名乗る人物だった。
「会うつもりはないって言ってなかったか?」
上方から聞こえた呆れた様な声にもスイは一瞥すらもしなかった。
先程までは確かに二人だけで、二人きりの世界だった。
一人と一羽の他には誰もおらず、何もいない。だから、その声の主が何時からそこにいたのか分からない。
それでも、二人きりだった世界を終わらせた存在が今はいる。
スイとフェイがいる根より一段高い位置を横這いに走る根の上で、そこに寝そべる、燃え盛る煉獄の赤を体毛に持つ豹に似た獣がその言葉を告げたのだった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・興味ないのに聞かないでよ、面倒だからさぁ」
目を合わす事がないままの沈黙の応酬。
数秒のやり取りの結果、言葉通りの面倒だと言う感情を露にスイは口を開いた。
沈黙を苦にした訳ではなく、今の間の間にいなくなっていないのなら、相手をするだけして、直ぐ様お帰り願った方が早いと考えを切り替えた為の対応だった。
そもそもアキの言葉が問という響きをとっていながら、答え等を求めていないと知っているが故の反応でもあるのだ。
アキとスイは互いが互いに然程興味がなく、けれど、そんな機微の判断が出来てしまうぐらいには、同じ場所に居続けていた。
「お前こそ、面倒とすら思ってないのに、わざわざ表情を作るとかな、律儀と言うか嫌味にも余念がないと言うか、芸が細かいよなぁ、と、因みに興味ならあるさ、お前が交雑した姿だろうが、本来の部分を表層に出そうとするとか久しぶりだからな」
繁々と、と言うようにスイの鳥の姿交じりの人の身体を見下ろすアキの視線は面白いものを見ていると言わんばかりに愉し気だった。
今のスイの外見的な割合は、二割程度が当初からの鳥の姿を残したほぼほぼ人の姿をしていた。
座ってしまっている為に分かり難いが、恐らくは長身であり細身。長い髪と羽に縁取られた顔は、二十代半ばの青年とも女性ともつかない整った顔立ちを晒している。
その整った面立ちはアキの言葉の一瞬後には薄く笑い、今ではその笑みさえ消えた無表情に近く、けれど、整っているが故にかえって内面の怜悧さを思わせる、そんな人としての顔となっていた。
アキの方を見ないのに、そんな見せる意図の伴う事のない表情をわざわざ作っている。その様子を面白そうに、呆れた様に、アキはただ眺め続けていた。
だが、そんなアキの無遠慮とも言える視線を感じていない訳がないのに、スイはやはりアキに一瞥すらも与える事なく、ただただフェイの事だけを見詰め続けているのだった。
アキの方を見る間も惜しく、相手をする時間はただただ無意味だと感じていて、そもそもが、自分は今、己が手の内にあるたった一人の存在だけで世界を完結させてしまいたい。
そんな執心だけがそこにはある。
そして、それが分かる、台詞が飛び出すのだった。
「もう一押しぐらいすれば壊れそうだったから良いかなって」
脈絡があったのかどうか、やはりアキの方を見る事がないまま、そして、たった一人の存在を膝枕し、その頭を撫で付ける仕種のまま、スイは、言葉だけは何処へ向けているのか分からないものを、そんな風に告げたのだった。
「“夢”のカケラ程度の力でココに来て、外郭で既に堪えられなくなってんのに、その先に進んだからなソレ」
「運んだのは貴方でしょうに、結局何がしたかったんですか?」
「お、アタシに向いた詞か、久しぶりだな」
グルグルと喉を鳴らすアキの様子は、愉しげで、可笑しそうに。正しく愉快犯と言った気質を示していた。
「勇者と聖女の敗北で世界が終ることはないけれど、時が失われるのはそうだからな・・・アタシはそうならなかった継続する今回を見定め様と思っただけだよ」
「そんな事にこの子を巻き込んだと?」
静かな疑問の言葉に浅葱色の羽が空気を含んで膨らみ、髪が揺らめいていた。
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