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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
12 案内
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呟いた名称からまずフェイの脳裏に浮かんだのは、金髪赤眼の今代の勇者の姿だったのだが、その姿は、直ぐ様、黒髪青目の青年の姿へと取って変わられて行った。
そして、その青年は、何故か同時に思い浮かべていたアスの存在へと、それが当り前とばかりにすり寄って行くのだ。
あくまでもフェイの想像だったのだが、実際に見た事のある光景でもあった為に、フェイだけの思い込みや勘違い等ではない。
例え、想像の中のその青年の頭に犬耳があり、アスの機嫌を窺う様な上目遣いでありながら、尻尾は期待と喜びで全力に振られていると言う様相を見せていたとしても、フェイにはそう見えていたのだから、断じて間違いではないのだった。
ー一応の闇落ち勇者、魔王バージョンがあったろー
(その後が、ひっつき虫のだっこちゃんだったじゃないですか)
ーあーアレな、アレはアレでちょい病み臭があってヤバいと思ったなー
(ですよね、私も思いました)
うんうんと、見交わし合う視線と共に同意を示し合う一人と一匹。
空から黒いコートを翻して舞い降り、今代の勇者を表情なく吹っ飛ばすと言う暴挙。
だが、その後の行動は、アスの腰へと手を回し、アスが何度声をかけても放す事がないと言う変質っぷりの披露だった。
言い分を聞くにも、巷に聞くヤンデレとはこれではないのかと、平静を装いながらも、フェイはあの時、内心で退いていたのだ。
ーまぁ、覚悟の足りないなりそこないと、現実を見てない(仮)、どっちもどっちで、それにまた過剰反応するからな、コイツー
一転して、どうでも良さ気で気怠げな雰囲気にそう洩らすアキを見返すフェイは、眇る双眸にその言動を聞き流す事なく慎重に受け取っていた。
覚悟が足りていないというのはどう言う事で、誰の事だったのか、現実を見ていない相手と、反応してしまうコイツ。
主語の敢えて省かれているであろう場所を思い、考えて、けれどその途中で待ったはかけられた。
ーそんだけ自分に没頭出来るぐらい馴染んだなら次行けるなー
言葉は行動の最中に。
考え込もうとしていた事を、自分に没頭すると妙な表現をされ、その表現にフェイが違和感を覚えた時には視界が回っていた。
周囲は変わる事のない暗闇のまま、上も下もないのはやはりそうで、けれど虚空に放り出されるかの様なその感覚は本物だった。
闇しか映していない視界が、打ち上げられたと言う浮遊感の中で回る。
その最中、遠く近く高低差や距離感すらも定かでないその場所に、フェイは角持つ黒い馬の姿を見ていた。
照らされる事を厭い、寧ろ怯える様に、煌々と光放つアキの存在から、隠れ潜まんとするかの様に、闇の中で小さくなって硬直している様子を見て取って、そう言えばと、かなり忘れ去ってしまっていたその存在の事を思った。
ぽふっと柔らかな毛並みが衝撃を受け止め、そのまま滑り落ちてしまいそうな滑らかな肌触りに、咄嗟にその鮮紅色の体躯へと腕を回す。
一応その対応を待ってくれていたのか、たまたまだったのか、そんな真偽を問う間等ある筈もなく、静から動への段階を踏む事のない刹那の加速に、フェイはどうにか振り落とされないよう必死だった。
ーっ、アタシはココまでだー
開けていられない目に、けれど聴覚ではないが為に正常に意味を拾うと言う不思議な感覚はこの場合ただの違和感でしかなく、その不快感一歩手前と言った体験は唐突に終わりを迎えた。
(っ、)
気が付けば、フェイがしがみついていた筈の体躯はそこになく、その存在すらも感じ取る事は出来なくなっていた。
ーアタシから一つ、コイツが受けてる干渉は一つじゃないが、それよりももっと根深いものがあるー
(それは今の話ですか)
降って来るかの様に感じた聲へとそう問い掛けたが、その問いが届いた様子はなかった。
何処までも広がって行くが、何処かに行き着く事のない、そんな果てを見付けられぬままに潰えてしまう、空虚なまでの寒々とした手応えのなさをフェイは思う。
まるで凪いだ水面に立つ様に。
フェイが想起したのは風のない新月の夜に見る青の広大な湖。
そに祭祀の場に一人佇んでいるかの様なそんなイメージだろう。
そこまでは第二層とそう変わらない感じで、けれど、自然と息を潜める自らの行動に違うのだとフェイは思った。
気が付けば、何がなんでもフェイを排除しようと言う、第二層で常に感じていた、拒絶の意思と言う感覚の一切がなくなっていた。
普通に考えれば良い事の様に思う。
(ですが、ここが本当に・・・アレが送り届けて下さったと考えるのなら・・・)
一瞬の思考の空白は、未だ抱き続けている、アレと表したアキの存在への疑念からだった。
味方でないのは当然で、ならばその信頼を何処に置いたものかと未だ判断に迷っていた。
(性格的なものが大いにありそうですが、ただの愉快犯と思っていた方が考えなくて済みそうですね)
信用と信頼。
アスをどうにかする為と言う、今回のアキの行動原理を信用はしても、その理由の為に、フェイをどう使おうと言うのかと言う、そんな信頼性においては皆無に近とフェイは思っていた。
暇していると言っていた様に、見付けたフェイと言う都合の良い玩具で、ここぞとばかりに遊ぼうとしている。
そんな意図を隠しきってくれていない事で、フェイは迷い、その迷うフェイを見る事をまた娯楽としているのだ。
だからこその愉快犯。迷惑極まりない。
アキの面白いと思うポイントが定かでない為に、何を仕掛けられて期待されているのかと、考えるだけで気が重くなるのだった。
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