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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
11 赤い焔の豹=アキ
しおりを挟むーはぁ、ホント疲れる。アイツも相当だが、お前も大概だー
嘆きにも似た言葉だったが、その赤い双眼に楽しげな色合いが踊るのを見付けて、笑みの表情はそのままにもフェイは訝る声を内心で呟いた。
けれど、そんなフェイの感情の動きは対峙する相手に筒抜けらしい。
猫科の豹にも似た精悍な顔立ちが、そうだと分かる豊かな感情の起伏に淡い笑みを浮かべ、牙の覗く口の形で弧を描く。
ー面倒な厄介事は勘弁って思うが、いやな、アタシの場合、基本的、情報に制限はかけられてないんだが、その分見てるだけになるワケで、ようは退屈なんだよなー
右の前足がかしかしと整える首から胸もとにかけての豊かな毛並み。
喋りながらも動かし続けられる前足の動きは、豪快で乱雑に見えて、けれどその仕上がりは酷く丁寧だった。
その間フェイの事を一瞥もする事なく、そうして今度は、毛並みを整えるのに使った前足を蠱惑的な赤い舌で舐め始める。
退屈だからそれを紛らわせてくれる存在の来訪は、例えその相手が大概で、相当なものであったとしても喜んでしまうとそう言った感覚らしい。
(・・・・・・)
何を聞く事が正解か、退屈だと公言しているのだから会話の運びによっては、聞きたい事が聞けるのかもしれない。
フェイは自身の望みであり理由に近付く為の道筋を思う。
けれど、フェイは忘れてもいなかった。声を発した瞬間に、ここへと来た目的を失うのだと。
そもそも然るべき時まで声を発してはいけないと、その条件を未だに守り続けているのだから、この思考に意味はなく、なのに、フェイは考えずにはいられなかった。
ここにいるとそれは予想の一つではあって、期待した相手ではなかったが、確実に“そこ”と繋がっているであろう存在が今フェイの目の前にはいるのだ。
ようやくと言う言葉すらも易しい。
フェイが自身を“フェイ”だと意識したその瞬間から、悠遠の時を求め、望み続けた相手への手懸かりが今ならば得られるかもしれないと、そんな期待に、本来ならば可能性へと手を伸ばす事に迷いなど不要な筈で、そして、フェイが持つたった一つの望みの為に、フェイは事実、他の全てを切り捨てる事が出来る。
そう思うのではなく、そう知っていて、なのに今、フェイの脳裏には過ってしまったのだ。
手段でしかなかった筈の理由の存在が。
何故自分は今ここにいるのか、脇目を振る様にその理由を思いかけて、愕然とする。
(なぜ、私は、あの人のこと以外を考えようとした・・・)
そんなフェイの、葛藤から来る逡巡とも言える間に、けれど、細められた赤い双眸からもたらされる一瞥が直ぐ様フェイの思い違いを知らしめる。
誤魔化し等意味がないと言う様に、紅蓮の双方が冷厳と凪いだ眼差しで見遣るフェイ自身の様子。
何故自分がここにいるのかではない。
前提が既に違うのだと、フェイは、知らず緊張に強張っていた身体から、深く吸い込んだ息と共に力を抜いた。
(ここに来た理由、来させて貰えた意味、切っ掛けだろうと、それが全てで、それ以外への余所見は行動に移した段階違反判定と言ったところでしょうね)
赤い豹の存在はアスの守り。
その筈で、アスを目覚めさせようとするフェイだからこそ、今その姿を顕にしたうえで、フェイの存在を容認しているのだ。
(・・・取り敢えず、現状がアスの意思でないと言う確認は取れたと言うことですか)
ー半々だなー
(・・・・・・)
フェイが思った瞬間に答えが来た。
可能性としては考えていて、少し前から確信に近かったが、フェイが声にしなくても会話と言うか意思の疎通に問題はないらしい。
ー微妙なニュアンスに期待はするなー
(私の方は問題なく聞き取れているのですが、漠然と伝わるだけ、後は察して頂いている感じでしょうかね)
一応と言った感じだったが、その注意は親切だなと思った。
これだけ正確に意思のやり取りが成り立っているのだから、フェイは自分が発信しているものも普通の会話と同じ様に出来ていると考えていたのだ。
ニュアンスと言う言葉から、聞こえ辛いだけと言うより、もしかしたら聞こえてすらいないのかもしれない。
フェイの思う事への感情の揺らぎから、波動のようなものを読み取り、言いたい事を察している。そんな感じの様に思われた。
ーお前が、あたしをアキと呼んだ事で繋がりが成立した。成立しただけで確立してない分、後は微調整して、今はだいぶマシになったかー
(お手数おかけします)
現状の繋がりが目の前の獣によるものと聞き、フェイは素直なお礼を告げただけの筈なのだが、その瞬間、くわっと開かれた目へと、一瞬宿った苛烈な光は何だと言うのか。
ー殊勝なのは良いことで、アイツも見習え!絶対に気持ち悪いだろうがなー
一人捲し立てて、一人顔を顰める。
忙しない一匹か一頭か、フェイの目の前には、自分を“アキ”だと名乗る、フェイの存在等一口で喰い尽くすであろう豹に似た大型の猫科の猛獣しかいないのだが、何時の間にかフェイには、その存在が一人の人間であるかの様に見えていた。
ー嫌そうな顔すんな。面倒なのはこっちも同じだー
豊かな表情と何気無い仕種を不思議そうに見ていただけの筈が、嫌そうな顔と言われてしまいフェイは目を瞬かせる。
自身の何処がそう見えたのだろうかと言う部分と、アキが面倒だとそう言った事に対して二重の意味でのその反応だったのだが、ひとまず前半の戸惑いに関しては忘れる事にして、“面倒”と評された案件へと触れる事にした。
(手をこ招いていると?)
ーきっかけはあった、あと不完全な呪歌の反動もそうだろうし、虎視眈々と機会を窺ってたヤツと便乗したヤツー
(とっくに許容オーバーですが?)
ーそれを言うなら、前も言ったかもしれんが、目覚めの時期が既に早すぎる。回復なんぞかけらもしてないぞコイツ。癒えようもないもんだが、それにしたってだー
(具体的には?)
ー何をどう言えと?あ、いや、そうだな、ゼンブ“勇者”のせい、でカタがつくか?ー
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