月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

8 第一層Ⅱ

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 教会を訪れ、元勇者と共にする寝食。
 森を歩き、戦い、翼竜ワイバーンを仕留めた。
 元勇者が鞘に入ったままの剣で素振りを繰り返す傍らでの薬草摘み。

 ラビ肉のシチューに舌鼓を打ち、ラビ肉の香草焼きに目を輝かせ、ラビ肉のリゾット風に・・・

 途中からラビ肉料理の記憶が続いたのは何なのだろうかとフェイが考えたのは、ちょっとした思考放棄だった。
 断片的だが、それでも何時何処での事だったかがちゃんと思い出せるのは、そこに確かにフェイの存在があったから。
 そう、何時だってフェイはいるのだった。

(い過ぎでしょう!アスと一緒に)

 遂には叫びにも近く嘆きにも等しく、それでも声に出さなかった自分すらも、もう褒める事が出来ないのは、傍目からの視界を得てしまった事で、一週回って呆れへと回帰した為だった。

  フェイがここまで見て来たアスの記憶。
 夢と言う場所であり、整理もされていないそれは所々が曖昧で、断片的でもあり、時系列ですらも可笑しいのだが、それでも、その全てと言っても過言ではない程にフェイの存在はあった。

 アスと言う存在を見付けてから、フェイはその約二百年ぶりの目覚めに立ちあっている。
 それからずっと一緒にはいるが、片時も離れる事なくぴったりとくっついている訳ではないのだから、直ぐ側にいなかった時間は確かに存在していた。
 その証明と言う程ではないが、今も立体の映像と化している光景にはアス一人の存在しかない。
 視界には入っていないが、微かに聞こえる剣戟の音。それでも、ここにアスしかいないのは確かで、一見すれば声をかけるチャンスの筈。
 だが、それでもフェイは動かなかった。
 フェイの記憶が正しければ、この時はアスをお目付け役にルキフェルを近場への狩りへと送り出し、フェイ自身は夕食の下拵えに勤しんでいた頃だろう。
 その筈で、その筈にも関わらず、のだ。
 同種であり同等。まさしく自分だからこそ分かり、自分の事だからこそ知っている。

 そこにはいないのに、いる。
 向けられる視線や耳をそばだたせている気配。動きの一挙一動を窺われているかの様な、そこまであからさまなものではない。
 だが、そこにいる事へと何となく注意を向けられているかの様な、その程度ではある朧気な気配は確かにしていて、し続けている。

(風を纏わせていたんですよね、ええ)

 その地を縄張りとし根付く、警戒心の強い野生の獣でも気付くかどうか。
 そう言った魔法にも満たない力の使い方。
 そんなあり過ぎる心当たりから、誰も見ている者がいないのを良い事に、フェイは隠す事なく自身の表情を苦々しくも引き攣らせていた。

(何をしていて、どう言う状態でいるかが分かる訳ではないのですが、それでもどこにいるのかならばおおよその判断がつく・・・その程度、ですがやはり、やめておいた方が無難ですかね)

 密やかな溜め息と共に纏める思考。
 アスだけが聞く様に、その名前を呼んで、呼んだフェイの存在だけを認識して貰う。
 たったそれだけで、然れどそれ程に、その難易度を今更ながらにフェイは思っていた。

 フェイ自身の使っていた力の効果が、その者の位置が分かる程度なら、アスが一人でいる今この時に話しかけても条件を満たせると思われる。

(それでも、意味をどう取られているのか、分からないですからね)

 眇めて見る何をするでもなく佇むアスの存在に、フェイはその厄介さを考えていた。

 ここはアスの夢。アスが見て聞いて、感じたものがこの世界を形作る。
 いくら同じに見えていたとしても、ここがアスの主観に基づいた世界である以上、アスが感知出来ていなければ、その現象はないものとされる。
 つまり、今フェイが、自分がその時々に行使してアスへと纏わせていた“風”を感じていると言う事は、アスがその“風”の様子に気が付いていたとそう言う事になるのだった。
 
 許可を取るどころか、何の説明もしていなかった自分の力の断片をアスへと気付かれていた事にフェイはただ警戒を強めていた。
 気付かれていたとして、その力がどう言ったものであるのか、力の行使先であるフェイ自身が聞かれていないのだから、アスにその詳細が知られているとは思えない。
 つまり、アスが自身へと纏わり付いている力に盗聴機能が持たせてあると、誤った認識をしていれば、例えそれが真実でなかったとしても、ここでは真実となる可能性があるのだった。

 その結果の予測不能さにフェイは行動を断念し、より一層の警戒心を抱かざるを得なくなる。
 アスの夢の中のフェイ。アスの主観として在るその存在の動き。
 気付かれて夢そのものから異物として排除されるのも困るが、自分ではない自分自身を相手取る事も嫌だとフェイは素直にそう思っていた。

(この方から見た私の能力スペックに興味がないわけではありませんが、どうにも過剰評価を戴いている様で、絶対にいらない苦労をする気がするんですよね)

 浮かべる曖昧な笑み。視線を向ける先ではアスが教会の階段を下って行こうとしていた。
 その先には勇者ルキフェルがいる。
 邂逅の時、あの時はアス一人で行かせたが、今なら良いだろうかとフェイは考えた。
 ついて行く事を考えて、そして考えるまでもないと言う様に首を横に降る。

(・・・錯綜としているわりには意図的な気がするんですよね)

 内心で呟く。そうして向け直したフェイの目が捉えるのは既に神殿の光景ではなく、ここカエルレウスでラズリテに刃を突きつけられ、フェイが止めると言うその瞬間だった。

(・・・やはり、おかしい)

  
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