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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
7 第一層
しおりを挟むそのものの根幹とも言うべき深層心理。
そこが心核と言われるものなのか、それともその第三層の何処かに心と言われるものがあるのか、“精神”に作用する魔法を得手としていると言われる青の長であるカイヤにもそれは分からないと言う。
ただ一つ言えるのは、第三層は当人ですら気付いていない心の闇が眠る場所であり、何が起きても可笑しくないと言う事。
そして、余人が決して安易に触れてはいけない、そう言う場所である事。
両手で挟み込む様にして握るアスの左手に、青みを帯びた白銀の髪を、梳く様にして退けて露にしていた額へと、フェイは自らの額を近付け目を閉じる。
ー眠りの防人が喚ぶ聲に導かれ
夢の守人が唄う子守唄に抱かれよう
彼のひとの抱く現の幻影を見守る者
夢視る貴方へ降ろされし階を私は渡る
兆しを繋ぐ 虚構の羽を繋ぎ 空の翼を羽ばたかせー
紡ぐ音の一音一音に魔力を乗せて彼の世界へと結ぶ為の式を編む。
カイヤの説明をあらかた聞き終え、そうして行使しようとする魔法を感応させやすい体勢を作り、詠じる、歌にも似た式の構成にフェイは事象への展開を促す。
直後の墜ちる様な沈み込む様なそんな一瞬の浮遊感の後、気が付けばフェイは切り替わる光景と共に、木漏れ日の差し込む森の中で佇んでいた。
「ん、良い感じに脂ののった角兎だ」
佇むフェイの背後で聞くその声に、随分久しぶりの事だと、そんな気がして、そんな感慨とも言い難い感覚へと捕らわれていれば、フェイの存在等ないものの様にしてアスは佇むままだったフェイを追い越し、そうして気が付けば足もとにあった、たった今仕留めたのであろう角兎の遺体を拾い上げていた。
(これは常盤の魔女の森で、狩りをしていた時の?)
満ちている清浄な空気にここが何処なのかを察し、そして、第一層が比較的新しい記憶の整理場所であると言う話から、何時頃の事かと推測しかけ、そこでフェイは不意に気が付いた。
アスに話しかけてフェイの存在を認識させる事で目覚めさせる事が出来るのなら、今この時がチャンスなのではないかと。
それは寧ろフェイと言う人物にしては今更ながらの気付きであった。
だが気付いた事で、その事が。人の夢の中と言う未知なる場所と慣れない魔法の行使に、予想以上に緊張している事をフェイ自身へと自覚させたのだった。
(何はともあれ、これでアスを起こす事が出来れば・・・ア、」
思考から呼び掛ける声へと。けれどフェイは『アス』とその二文字を言い切る事が出来なかった。
動き続け様とする口へと急制止をかけ、強引に言葉を飲み込むと、フェイはそのまま三十センチメートルばかり体の位置を左へとずらした。
その直後の事だった。先程までフェイのいた場所を足音もなく颯爽と通り過ぎる長身の人影が一つ。
その人物は長く癖のない翠緑色の髪を、自らの急ぐでもない歩調により揺らして歩き去って行く。
見慣れてはいないがこれでもかと言う程に見知っている存在、フェイ自身が追い付くアスへと口を開いていているのだった。
『確かに美味しそうですが、それで二十八匹目ですね、ラビ』
フェイの目の前でアスと話すフェイは当時の自分。そして今のフェイは二人の存在どころか、この夢の世界では全く認識されていない存在なのだとのだと、ここに来てようやく実感するに至った。
『・・・二十八、まだ開始して三十分も経ってないのにな』
『多過ぎですね、大型の肉食獣があまりいないのか、生態系が崩れかけているのでしょうかね』
『コイツらもこんな見た目で雑食だし、そこまでではないと思うが、まあもう少し間引く感じで行っておくか』
『そうですね』
覚えのある会話の内容は、やはり常盤の魔女の領域である朔の森での事。
二百年以上も眠っていたアスのリハビリをするのに当たって、常盤の魔女の繋がりであるカイの依頼もあり森での戦いを繰り返していた時の事だった。
「夜梟は特別なんです」
少しだけ熱の篭ったフェイ自身の声。
重なる昼と夜の森の光景に、森の植生が違うなと思った時には既にそこは夜の森でしかなく、平たい大きめの岩の側に小さな流れがある、そんな場所にフェイはいた。
夜梟についての熱を語るフェイ自身と、呆気に取られた様にも何処か微笑ましげな表情でそんなフェイを見るアスのやり取りを横目にして、不意に思い立ち、フェイは小川の水へと手を差し入れてみた。
水面を突き破り、水中への境界を越える。半ば予想はしていたが、何の感触もなく手が濡れる事もなかった。
水へと浸けている筈の手は、波紋を描く事もないどころか、僅かばかり程も流れを遮ることは出来ず、今のフェイはそこにいる人だけでなく、この夢の中そのものに認知さてていないのだと、そう改めて意識させられたのだった。
ここに来る直前までのカイヤとのやり取りで、フェイはある程度の知識を得ていた。その中に幾つかの気を付けるべき注意点もあったのだ。
アスの名前を呼び、アスへと認識させるその時までフェイは全てからいないものとされる。
そんな中で、アスの名前を呼び、アスにだけフェイの存在へと気付かせなければいけない。
そして、もし失敗すれば、フェイが何処にいて何をしていようとも、その瞬間、夢の全てがフェイの排除に動く事になる。と
そうカイヤはフェイへと告げていたのだった。
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