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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
1ー2 それはきっと・・・
しおりを挟む「・・・・・・」
向けられる笑顔には何の他意もなく、パーティメンバーへと向けられる範囲内に収まるレベルの信頼からなるそれで、けれど私はその笑顔に、何故か胸がざわつくのを感じていた。
不快感からではない。それは分かる。けれどならば何なのかとそう自問するが、自分の内に答えらしきものは見当たらなかった。
「本気で寝惚けている感じか?」
「どうかしたの?アス?」
眺め見る深い青色の柔らかな色合いに呟けば、不思議そうに声をかけられた。
「ん、いや、勇者がいるなと、そう思って見ていた」
「え!なんで勇者呼びに戻ってるのさ!!」
間髪入れずの驚きから、詰め寄る勢いで部屋へと踏み行って来る勇者ルキフェルは、その瞳に何処か必死な感情を乗せて私を見ていた。
「・・・?」
「分からないって顔しないで!え、なんで?!」
「そうですね、使命の旅を終えて、クルスの求婚のどさくさに紛れての、お願いでようやくでしたのに」
頬へと手を当て首を傾げ、困ったようにガウリィルは告げ、そうして一同の視線が私の存在へと集まって来る。
「僕は今でも勇者だけど、みんなで魔王を倒して、もう勇者としての使命は終わったんだから、僕は僕としてアスに見て欲しいって、だから・・・」
「だから勇者ではなくの、名前呼びか、あー成る程、これは夢だな」
「夢?なにを言って」
ルキフェルの必死な訴えを最後まで聞く事なく、私は眺め見る全てに、誰にでもなく納得と理解とを呟いた。
怪訝そうなルキフェルの声と、ガウリィルやクルスの戸惑い。心配そうなリコリスは珍しいなと、そんな事を思い、けれど、それだけだった。
「いや、夢見が悪かったんだ」
「そういえば言っていましたね」
「どんな夢だったんですか?」
リコリスの頷きと、窺う様なガウリィルの問い掛け、気になるのはクルスとルキフェルもらしく、引き続き私の存在は四人ともの視線を集めていた。
「そう言えば、いつ向こうの大陸から帰って来たんだったか?」
はぐらかす訳ではなかったが、私はリコリスの問い掛けには答えずそんな事を尋ねた。
瞬きからの怪訝そうな表情。自分の問い掛けを流された感じになっても不快感を露とする訳でもなく、そこには確かな気遣いの様子があった。
「本当に大丈夫ですか?もうあの日から一年になりますよ?」
「一年か、長いような、短いような、そんな感じだな」
「ええ、無事にこの大陸まで戻って来てからは、教会や各国への帰還報告やら凱旋パレードやら・・・アスはその全てをすっぽかしましたけど」
「そうですね、帰還の船から降りて、その瞬間に姿を眩まして。気が付いた時には私でも痕跡を探すのすら難しくて」
「挨拶、なかったですね」
ガウリィルとリコリス、クルスにまで妙な迫力ある笑顔で見られている現状。
私は考え込む様な仕種で決して誰とも合わせない様にした目線に、表情には曖昧な笑みを浮かべていた。
「でも、こうして僕が用意した南の離島の別荘に来てくれていて、僕たちを待ってくれてたんだからさ」
ルキフェルのフォローに、けれど、私は形作った笑みのままの表情を固める。
冴え渡るも瞬時に凍てつく思考。冷たく感じる自身の指先に、背筋に走るのは、背骨の代わりに氷柱でも突き入れられらかの様な悪寒すらも生温い、痛みすらも伴う感覚。
「アス?」
「ん、いや、何でもない・・・と、思う」
何でもないと、そう言う事にしておかなければいけないのだと、そうして私は自身に起きようとしていた変調を見ないふりとした。
「何でもないって事はないでしょう、貴方は顔色ですらも隠してしまうので、断言できないところがもどかしいのですが、それでも分かりますよ?」
「それだけの時間をともにいたのだからな」
リコリスとクルスのパーティの大人組が諭す様に言って来る。
私自身が気付いていないものを、気付かないままにしようとした、その可能性すらも分かっているからと言うように。
「・・・・・・」
「大丈夫、大丈夫だからさ」
穏やかに優しげに、そうしてルキフェルは、瞳へと宿す切な気な光と共にこちらを見てそんな事を告げて来るのだった。
「何だこれ・・・」
気が付いた時には声に出して呟いていた。
「何とは?」
「何かご不快なことでも?」
すかさずリコリスとガウリィルが聞いて来て、そこにクルスとルキフェルも追従する。
「やはり具合が悪いのでは?」
「アス?」
体調を気遣われ、窺う様に名前を呼ばれ、未だベッドの上にいた私の回りをかつてのパーティメンバー達は取り囲んでいる。
そこにある思いやりに嘘はなく、変わる事のない親愛と、こちらを尊重すると言う厚意を感じる。
出会った時から彼等はそうだった。私が何であって、どんな力を持っていたとしてもそうであると受け入れてくれていた。
パーティリーダーとも言うべき勇者がそうだったからと言うのは勿論あるだろうし、最初の方には得体がしれないと言う警戒も確かにあった。
けれども、それもまた、初対面の人物に対する必要な対応でしかなかったとそう思う。
「これも、一種の悪夢だな」
独り言つと私は淡く笑う。
全てのものが片付き憂いのなくなった今をただ愛しく思う。
そう思う自身を自覚し、同時にあり得なかった今を、惜しむ事なく省みる事もない自分は、何かが可笑しいか、致命的な部分が欠けてしまっているのだろうと思わざるを得なくなる。
「この世界を望んだのは誰なんだろうな?」
問い掛ける言葉にも、それは答えを求めたものではなかった。
「災禍の化身を絶対的な悪として倒して、全ての憂いから解き放たれた世界。勇者の凱旋を迎えるのは賞賛と憧憬か?・・・私がいなくても、恙無くそれは叶ったろ?」
向ける言葉にも誰かと目を合わせる事もなく、そうして私は諦める様に、或いは拒むように、目を閉じ、身体から力を抜いた。
完全なる二度寝モードの発動に、既に誰の声も聞こえず、気配すらも感じる事はなかった。
闇を見詰める視界。その遥か彼方に何かが映り込む。
馬に似ていて、けれど額に捩れた角を一本生やした、真っ黒な立ち姿。
それは、闇の中にありながらも黒色と分かる毛並みの一角獣だった。
ー悪夢ー
見詰め合うその存在に呟き、私は完全に囚われたのだと悟ったのだった。
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