月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

1 誰かの・・・

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「・・・ス」

 誰かの声を聞いた様な気がして閉じていた目を開く。
 霞がかった意識に、妙に重い頭。そこに飛び込んできた明るさから、水面で反射された日の光を直接見てしまったかのような光の鋭さに思わず目を閉じ、そうして馴染ませるような瞬きをぎこちなくも数回繰り返したところで再び目を開いた。

 凪いだ湖面を真上から覗き込んだかの様な、澄んだ青緑色の大きな瞳がそこにはあった。
 その瞳の持ち主は“私”が目を開き自身が認識された事に気付くと、ふわりと可憐で愛らしい微笑みを浮かべて口を開く。

「お早うございます、
「・・・・・・」

 寝ている“私”の身体の両脇に手を着き、覆い被さるようにして覗き込んで来ていた少女は、告げて来る挨拶にも、こちらが起き上がる仕種を見せた事で、邪魔にならない為にか、すかさずその身を引いて行く。
 顎下の長さで切り揃えられた、濃い青銀色の癖のない髪が、そんな少女の動きに合わせてさらさら涼やかに流れ動く様子を“私”は無言のまま、目だけで追いかけて行った。

「もしかして寝惚けていませんか?珍しいですね、既にルキとクルスは起きて下に行っていますから、貴方が最後なのですよ?」

 少女の後ろから見下ろして来る朱橙色の鋭い双眸が宿す呆れたような色合い。
 低くも高くもない、何処か印象に残りにくい声音に、赤みの強い茶色の髪を後ろで束ねた後で前へと垂らした髪型の、性別の判断に悩む麗人の姿がそこにはあった。

「それからリィル、いくら同性とはいえ、寝ている人の寝台に勝手に上がる等、はしたないですよ?」
「うふふふ、が寝過ごしている姿が珍しくて」

 申し訳ありません、と浮かべる微笑みにも“私”へと謝罪を伝えて来る少女の姿。
 性別の分かり難いリコと呼ばれたが嗜める為に呼んだ少女の名前に“私”は一つ瞬き、そして口を開いた。

「聖女、殿?」
「まあ、!」

 露にした驚きで、もとから大きな目を更に見開く聖女ガウリィルの反応を、“私”は瞬かせる双眸で、言葉として呟いた時の不思議そうな反応のまま眺め見ていた。

「ちゃんと、リィルって呼んでくれないとイヤだって言いましたでしょう?」

 リコリスの横で、腰へと手を当てて張って見せる胸に、膨らませ気味の頬を赤く染めて怒りを伝えて来るガウリィルは、怒っていても可愛いと思わせるものがあり、気付けば“私”もまた微かに笑みを溢していた。

「もしかして、体調が優れませんか?」

 顰めて見せるリコリスの表情は、分かり難いが、心配をしてくれているのだと“私”は既に知っている。

「え、アス、回復は必要ですか?それともリコの薬の方が・・・」
「・・・いや、大丈夫だ、少し、夢見が悪かったのかもしれないな」

 一転して慌て始めるガウリィルを落ち着かせる為に、アスは一層柔らかく笑って見せた。
 その瞬間に、アスの顔を見ていたガウリィルはピタリと動きを止め、そして何故か、そのまま頬を更に赤く染めて、俯いてしまうのだった。

「どうした?って、顔が赤いな?寧ろ、リィルの方が薬が必要なんじゃないか?」

 望まれたガウリィルとの名前呼びから、更に一歩を踏み込んだ愛称呼びは、思いの外すんなりと口から出ていた。
 そうしてガウリィルの頬へと手を伸ばしながら、私はリコリスへと目を向け、視線で問い掛けるのだった。

「大丈夫ですよ、本当にリィルはアスの笑顔が好きですね?」
「顔?」
「も、もうっ!言っちゃだめですって言ってあったのに!アスは気にしないで下さい!それと聞いちゃ駄目ですし忘れて下さい」

 慌て過ぎて、やや無茶苦茶な言動が飛び出し、半分涙目になるガウリィルはやはり微笑ましく、そんな涙目の抗議を向けられているリコリスは、すまし顔にもその口もとが僅かに弛んでいた。
 私が気付くぐらいだから、当然その事にガウリィルも気付かない筈がなく、もうっと再び頬を膨らませ、リコリスからそっぽを向いてしまう。

「ふふ、申し訳ありませんリィル」

 笑む様子から、一応の真面目な表情、そうしてリコリスは神妙な表情で謝罪を告げるのだが、本当に反省しているのかは怪しいとアスは思っていた。
 侍従と言う役職を名乗っていた時も、ガウリィルが“姉妹”であると望んだ為に、こうした気の置けないやり取りをする事があったのだから。

「楽しそうなのもいいが、そろそろ朝食にしないか?」

 ノックの音から告げてくるハスキーボイス。開きっぱなしになっているドアに、そこにある廊下には赤みを帯びた金の癖毛が印象的な、精悍な顔立ちの男性が佇んでいた。
 足音はしなかった筈で、やり取りに気を取られていたとしても何時の間にと思わせる登場に、私は感心してしまう。

「クルス、申し訳ありません。アスも起きましたし、直ぐに下へと行きますね?」
「リィル、謝る程の事ではないよ、朝食の用意ももう終わりそうだから、ルキに言われて声をかけに来ただけなんだから」

 ガウリィルを見下ろす金眼は優しい光を湛え、その表情は見る者を安心させる穏やかさがあった。

「婚約が整って気兼ねがなくなったのは喜ばしい事ですが、そのまま甘い空気に突入するのはやめて下さい」

 朝食が片付きませんと、二人を急かし出すリコリスの言葉に、はにかみ幸せの絶頂と言ったガウリィルの笑顔に、そして、蕩ける様なとまでは行かないが、普段の五割増しと言った表情の甘さのクルスの様子に、けれど私はただ困惑する。
 困惑するが、何故か困惑を困惑と受け入れられず、表情に現れる感情が希薄なものとなって行く。

「婚約・・・」

 妙に引っかかるその単語に思考へと引き込まれて、なのに自分が何を気にしているのかが分からない。
 疑問の在りかは分かっているのに、そもそもがその疑問がと、漠然とした不安に囚われる。

「魔王の討伐を成したその日の夜、私たちを立ち合いにリィルへと思いを告げるクルス。素敵でしたよね」
「は、あ、いや、そうだな」

 自分の感じているものを疑うと言う事態に内心で首を傾げながら、“私”は歯切れ悪くも同意を答える。

 迎えの船を呼ぶ為に熾こした特殊な焚き火の幻想的な炎。
 その炎を前に、クルスはガウリィルへと想いを告げて、ガウリィルはその告白を嬉し涙とともに受け入れた。
 その時の様子をリコリスが熱心に語っていて、それを聞いていると、確かにそうだったなと、自分が何に対して困惑を感じていたのかすらも分からなくなっていた。

「みんなー、なにしてるの?ご飯冷めるよー」

 階下からだろう呼ぶ声に、待ちきれなくなったのか、階段を上って来る足音が続く。
 そて、ドアの影からクルスの存在を押し退けて顔を覗かせて来る存在が、アスと合わせた目線に、その深い青色の瞳を喜色に染めて口を開くのだった。

「おはよう、アス、今日もよい天気だよ」


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