月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

76 聞いていた

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「あー・・・あー、そうきましたかぁ、なるほど・・・」

 視界を遮らない程度に右手で顔を覆い、何とも言い難いと言った表情で呻く様な言葉を紡ぐのは、澱みの噴出へと幾本もの矢を同時に射掛け、その噴出の起点となっていた場所を粉砕させた直後のフェイだった。 

「盗み聞きはあまり良い趣味とは言えませんよ?」
「ちゃんとそちらにも共有して差し上げているのですから同罪ですよ長様?」

 苦言を呈すると言った様に、その秀麗な面持ちへと眉根を寄せるカイヤは、翻す手の動き一つで、視線を向けている先、寄り添い佇む一組の男女の、その二人の時間を邪魔しようとする、不届きな澱みの動きを制していた。

「あのあらゆる意味で不安定な場所に足場を展開させ続けて、こうして時間を作る協力までしている。私にも成り行きを見守る責任があると思いますからね」

 一転して微笑みの表情となるカイヤは権利ではなく責任だと告げる。
 協力しているのだから教えろと言うのではなく、共犯なのだからと、自分が成した事へのその責任を見極め様とするかの様な言葉だった。

 山間から来る幾つもの流れの集束する場所。視界に広がる湖面の中程にこの地の祭祀の場はあり、そこには水面の高さに合わせて、透明な足場が幾本も突き立っている。
 けれど、その足場は例えその場所へと赴き、間近で確認したとしても、容易に見えるものではなかった。
 透明度の高い鉱物による足場が、水の流れと共に這う霧と、揺れる水面による光の散乱で、視認等不可能な状態にされているのだ。
 そしてその足場は、幾本もあると言っても、足場と足場の間は近い所でも二メートル近くは離れており、一つの足場に至っては、広い所でも人一人が足を揃えて立つ事が出来るかどうかのスペースしかない。
 そうカイヤとフェイは知っていた。
 知っていて、だからこそ、あの場所で戦うアスへと素直に感嘆の思いを向けているのだった。
 
 アスは戦いの始まりに、真っ先にフェイ達のいるこの辺り一帯への対処を行うと、そのまま今現在留まっている、あの地点まで続く唯一の経路の足場を伝い駆け、そして戦い続けていた。

「こんな時だからこそ、いい加減話し合うべきだと思ったのですがね」
「“彼”ですか?」
「ええ、勇者でなくなることを代償に、超えられる筈のない時を超えてまであの子を求めた気狂いです」
「勇者?気狂いとは穏やかではないですね」

 カイヤが目を瞬かせると言う珍しい反応を見せた。

「堕ちた光。黒の勇者ですよ」
「は?」

 明らかに戸惑っているカイヤの反応を他所に、目を放す事なくフェイは湖の中央部、フェイ達のいる岸辺から百二十メートルは離れたその場所を見詰め続けていた。

けしかけた責任もありますし、出来る手助けはして、成り行きを見守る意味でも会話は拾っていましたが、これは、どうしたものでしょうね」

 さすが勇者(だった存在)と言うべきか、ルキフェルは、この場所のある程度の情勢を見極めると、たった一度アスが通った場所を完璧に再現し、視認する事の難しい足場を通って危なげなくアスのいる場所まで辿り着いた。
 そこでのアスとのやり取りは、距離的にもフェイのいる場所からでは到底聞こえるものではなく、けれどフェイは、風を利用した集音の魔法を使い、ずっとそのやり取りを聞いていたのだった。

「あの方のもとへの足場を作って維持をしたり、水を注そうとするレヴィアタンの触手を凍らせたり、貴方が必要だと言うのでやりましたが、全く脈なしと言った状態に見えますよ?」

 足場の位置関係と狭さで、アスのそばに寄る事の出来ないルキフェルの為に、氷を足場としてカイヤには設置して貰った。
 そして、やり取りが何らかの終わりを見せるまでと言う条件で、その周囲を抑えての時間稼ぎをフェイは頼んだのだった。

「魔女の警告を無視した事がこれで不問になるんですから」

 安いものでしょうと、敢えて言わなかった言葉を、フェイはふふっと笑ってみせる声へと潜ませる。
 言わなくてもカイヤには伝わる。
 伝わっていると理解されていると分かるからこそのカイヤの嘆息。
 言葉にしない事で、取り引きとはしないと、それはフェイなりの気遣いだった。
 長として何かと制約の多いカイヤには、悪手だったからとはいえなかったことには出来ず、かといって非として認めてはいけない事柄がある。
 今回で言えば、カイヤ側のから集落の長である立場のものが認めてしまえば、集落全体が魔女の怒りを買ってしまう可能性があった。 
 その事を理解していて、だからこその手打ちの場所をフェイが頼み事と言った形で提示し、カイヤはそれを受けたのだった。

「ですが、私の奮闘は徒労と終わるのでは?」

 最初の発言から、フェイの思惑通りには運ばなかったであろう事を窺わせていたのだ。
 アスとルキフェルのやり取りが、どうにもならないままになりそうな事は予想に難しくないのだろう。

「彼には言ってありました、・・・あの子が負ったものはあの子が思う以上に深く暗いものかもしれないと、私も認識を改める事にしますよ」
「何をかは知りませんし、聞こうとも思えませんが」

 言ってくれるなとばかりの、カイヤの笑顔は牽制か、言葉通りに余計な事は知りたくないと言う思いを感じさせるが、フェイは容赦がなかった。

「あの子は自分へと向けられる想いを理解しません。その想いを知ってはいても、それを自分が寄せられたものとして、自分自身へと適用することに酷く不器用で、言わなければ伝わらないんですよ」

 容赦はないが配慮はした。カイヤが本当に知りたくないと思っているであろう部分には触れないままに、アスと言う存在を想う。 
 言わなければ伝わらない、けれど言葉でちゃんと告げたとしても、受け取って貰えるかどうかはかなり怪しいとまでフェイは思っていた。

 告げられた守るとの言葉に声なく涙を流し、そうしてもて余したものに、自身の手へと刃物を突き立て様としたぐらいなのだから。

「そう言えば、言ってない・・・?」
「あれだけ行動はあからさまなのに、そばにいたいと言うだけで、その理由の一切伝えていませんから」

 行動から分かる執心と、発言の根底にあるであろう独占欲。それだけのものを露にしていながら、ルキフェルは自分がアスをどう思い、何故そばにいたいと告げ続けるのか、その基本的で根源的な部分を口にしてはいなかった。
 その結果、そばにいたいと言うルキフェルの言葉が、アスによって、魔女である自分の存在を監視する為だと判断されたのが先程だったのだ。
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