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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
74 望まれたもの
しおりを挟む「・・・あの時、約束」
落ちて来る呟くルキフェルの何処か虚ろな響きの声。
後ろから抱きつかれている様な体勢の為に、その表情はアスには分からない。
けれど、その声音だけで、アスには分かる事があった。
「ブロックされている。問い掛ける声は届かない、自身の疑問ですらも認識を阻害されているのか?・・・でも、逆に探ろうとする側にも情報を渡す事がない」
ーガウリィルー
かつての聖女をアスは思った。
思い、伏せる目に今は意味がない事だと思考を断ち切る。
「ルキフェル」
「・・・アス?」
「先代の勇者だったお前」
揺らぐ思考を意識する。
「死なせてはいけない」
やめた抵抗に、開いた目で茫洋と見詰める未だ動きを見せない、けれどいつ動き出しても可笑しくない澱みの具現の存在。
そんな暇などないと分かっていて、それでもアスは口にしてしまった。
「違うな・・・たぶん、私はお前に死んで欲しくない、と、そう思っているんだろうな」
「アス」
合わない目。合わせない双方。ルキフェルの表情が分からない変わりに、アスの表情を窺わせる事もない。
それが良かったのか悪かったのか、アスの口から言葉は溢れ続ける。
「何人もの勇者とその仲間達がいた。その大半は“魔王”を倒して使命を終えていった」
アスは何人かの勇者の旅路を知っていた。旅に同道までしたルキフェル程ではないが、少なからず関わった勇者もいたのだ。
アスの中で、“彼”や“彼女”等の存在とルキフェルの存在が重なる。
「でも、帰っては来なかった」
「使命に失敗した勇者達・・・」
歴代の勇者全てが十全の状態で使命を終えれた訳ではない。
犠牲は多く、その犠牲の果てにすら、結果が伴わない事もあったのだ。
「誰もが成された偉業を讃えて賛辞を送ろうと、私はそれを喜ばない。本当は、全ての勇者が、聖女が使命から解放されれば良かった」
一度勇者であったなら、“魔王を倒す”と言うそれだけの使命を遂げたとしても、その号に縛られる。その果てに、何時かは“勇者”と言う名前に潰される事になる。
「・・・お前は勇者ではない。勇者である事から完全に外れることの出来た稀有な存在。だからもう、あんなものに、それから、魔女にも関わるべきじゃないんだ」
「アスは・・・」
「?」
途切れさせる言葉に、続きを探しているかの様な気配を感じた。
何を言いたいのかと思い、けれど、向け続けていた目に、澱みの中に退化した双眸と、合う筈のない目がその視線を交錯させる。
「アスは選びたいものを選べばよいよ」
「私は、ずっとそうして来たよ」
考えるよりも先にそう答えていた。
唯我独尊を地で行くのがそもそもの魔女言うか存在なのだから、言われるまでない事だと。
「守りたいと思ったものを守って、俺を死なせたくないって言うなら、俺のことも死なせないようにして、その上でアス自身もちゃんと生き残る。そう言う選択」
「・・・は?」
反応が遅れたのは、ルキフェルの言っている事と、アスがずっと選んで来たと思っている選択が直ぐには結びつかなかった為だった。
「身勝手を自認しているなら、俺を生かして、その上で、アスも絶対に生き残る。その道を選んで」
アスの口から溢れた血が、アスを捉え続けるルキフェルの腕を汚していて、それを何処か他人事の様に眺めてしまっていた。
「ルキに戦って欲しくない・・・は、私の身勝手か?」
瞬く最中に思い付きが口を衝く。いや、思い付きではなく、分かっていた事かと直ぐに認識が追い付いて来た。
「何も諦めなくて良いから、ただ選んで」
「ルキ?」
「俺はもう選んだから、アスのそばにいること、そばに居続けることを・・・だから、アスは俺に選ばれたんだって、それだけを覚悟して」
深い青色の、射抜く瞳の強さを、見下ろして来る眼差しに感じていた。
見えていないのに、感じ取れてしまうその強さに、アスは息を呑む。
「だいたい魔女に願いを掛けた者が、その願いを絶たれてまともに生きていられるわけがないいんだ」
「私は、受け入れて、いない、だから、まだ・・・放せ」
一言一言をルキフェルよりもアス自身へと言い聞かせる様に、そうして拒絶に繋がる言葉を伝えるのに、やはり解放は果たされないまま。
「言う事を聞け、ルキフェル」
「ーー駄目だ、逃がさない。・・・アスを守るのは俺だから、何があっても俺が」
真摯であり、切実な言葉だった。
何故こんなにも、と今更ながらにルキフェルの表情が気になった。と言うか今の状況で、この体勢は何なのだと、色んな意味で苛立ちが限界に来ていた。
そんなアスの苛立ちを感じ取った訳でもないだろうに、突然、ルキフェルの腕の中でアスはその身体の向きを反転させられた。
何をどうしたのか分からなかったが、気が付けはアスの目の前には黒のローブコートの袷があり、そして、上目遣いに見た先に、切なくも酷く優しげな瞳と視線を絡めた。
崖の上から凪いだ海を見下ろす様。或いは逆に、遥か水底から、静かな月光に照らされた水面を見上げる様に。
そんな深くも綺麗な青色の瞳が、何かとても大切なものを見るようにアスの存在を映し、見返すアスは見て取ってしまうものにも、ただ眼差しを返し続ける事しか出来なかった。
「アスが生きて、俺をそばにいさせてくれるのなら、死なない、絶対に」
アスが口を開かないでいれば、ルキフェルの方がそう告げて来る 。
瞬きすらも忘れて見るルキフェルの瞳。
その言葉にアスは自身の存在を思った。“魔女”はそう在る限り、姿すらも変わる事なく在り続ける存在なのだと、時の流れの先行きを考えた。
考えて、考えてしまっている事が、既に自身の心内の片鱗なのだと辿り着く。
ルキフェルの右手がアスの唇へと伸び、唇を濡らしていた鮮血の赤い色を浚って行った。
「約束する。・・・今度こそ」
ルキフェルの両手がアスの両肩へと触れ、折られる腰に、その肩口へと額を置かれる。
そうして、密やかな声音はアスへの約束を告げたのだった。
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