月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

67 何を求められているのか

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「リントヴルム」

 アスと同じ様に呟き、空を仰ぐのはカエルレウスの長であるカイヤであり、けれど、気付いた者、気付いた者の動きに倣った者の差はあれど、その場にいる誰もが今や、空の遥か一点を仰ぎ見ていた。
 蒼茫たる空、雲一つない蒼穹に蒼白い光が尾を引き、翔る。
 その光の核となる白き竜の姿を

「大公ではない?なら、珂姫かひじゃないか」

 カイヤが思考の断片とは言え、何かを呆然としたままに呟く様はとても珍しく、けれど、その事を気にする者は誰もいなかった。

珂姫かひ白瑪瑙ホワイトアゲートの姫か、リンを移動の足に使うとか、北方の人等が知ったら凄そうだな」
「リンのお父君に相談したら送ってくれるって言うから」
「相変わらず好かれてるのな?」
「代わりに増えた鼠を狩って、・・・うん、色々と頑張ってきた」
「そうか、お疲れ」
「うん」

 アスとルキフェルがそんな会話をしている間に、あの天空の鐘楼から降る、荘厳な鐘の音の様な響きを残し、竜の姿は空の青へと溶ける様に消えていった。

「北の白姫とお知り合いですか?」

 その姿を見送っていたフェイが下ろす視線にアスへと聞いて来た。
 聞いていた会話からそうだとは思っているが、一応と言った感じの質問の仕方だった。

「あのお転婆姫が、離宮から落ちて帰れなくなっているところに行き合って、愛娘が行方不明になったと荒ぶってた父親のところに、物凄く頑張って送って行った」
「気になる点しかないので、今は詳しく聞かないでおきます」

 表情を隠したかったのか、単に作り損ねただけなのか、一瞬だけ露とされたフェイの可笑しな物を口に入れてしまったと言う様な奇妙な表情筋の痙攣は、瞬く間に綺麗な微笑みへと置き換わり、フェイが問題の先送り、寧ろ封印と言う手段に出たのだとアスは気付く。
 そんなにかと思いもしたが、そんなにだったなとアスもまた直ぐに思い直し、フェイへの同意の意味も込めて、自身への納得に一つ頷いて見せる。

 白の御方、北の地の守護者。吹雪と共に在るもの、氷瀑の君主、数多の呼び名を持つリントヴルムと言う竜は、長き時、北の大地とそこに住まう者の安寧を守り、人との共生を成した稀有なる存在だった。
 そんな、一部では神とすら崇める者の在る竜の愛娘をそうとは知らずに拾ってしまい、既に幾つもの街を氷漬けにし、吹雪の中へと呑み込ませていた怒れる父親のもとまで、当時のアス達は送っていったのだ。

「鈴みたいな鳴き声が綺麗で、凛とした空気が涼しげで、東の秘文クリプトから聖騎士殿がリンと呼び名を決めた訳だが、後で分かってリントヴルムのリンとも重なって偶然って凄いなと思ったな」
「そうですか」

 何処か疲れた様なフェイの反応には触れず、アスは、その向こうでシャゲに支えられて立ち、こちらを見ているカイヤへと目を向けた。
 裂け破れた服、穴の空いた袖。激しい運動でもした後であるかの様に髪は乱れ、見たところ傷の類いは分からなかったが、頬を擦った赤茶色に掠れた痕は血の色をしている。
 そしてそれは、カイヤへと肩を貸したシャゲにもみられる痕跡だった。

「あれは気にしなくて良いです」
「程々に、したから今は大人しいのか?気は済んだ感じか?」

 言いかけた言葉を途中で変更し、アスは思い至った事を口にする。
 カイヤとシャゲの惨状はフェイが原因だった。
 アスがルキフェルに捕まっていたまさにその時、フェイの容赦ない攻撃をカイヤを庇うシャゲが捌いていると言った状況で、だからこそ助けを求める事をあの時のアスは断念したのだ。

「『次は許さない』そう貴方が伝えていたのですから自業自得でしょう?それより、勇者御一考は帰ったのでしょうか?」

 カイヤの選んだ手段をフェイは許容しない。それが今のカイヤ達の惨状に繋がったらしい。
 もともとは、アスの取った行動が原因だった。それをアスは理解しており、その結果にも納得している。
 アスはカイヤが今代の勇者を呼んだあの時、カエルレウスの長としてのカイヤが決して許さない事をしようとしていたのだから。

「今代の意識がなさそうだったからな、聖女が転位のアイテムを起動させていた」
「呼んであげないのですか?」

 アスがカイヤに対して許さないと告げてから、まだそう時間は経っていない。その内容へと触れないアスに、フェイも追い縋る事はしないが、代わりと言う様に口にされた質問には曖昧な表情をしてしまう。

おおやけに勇者を名乗るなら、それで良くないか?」
「せっかく愛称を許された訳ですし」

 勇者ミハエルは何を思ったのか、自身が仲間内にのみ許す愛称である、ミーシャ呼びをアスへと求めて来た。
 向こうが望むならとフェイは言うが、アスとしては呼ぶ必要性がそもそもないと思っているのだ。
 正式な認定を受けた勇者は唯一の存在。同時期に複数が存在する事がないのなら、下手に名前を呼んで、勇者を心酔する者達に不敬だ何だと敵愾心を抱かれる前に、そのまま勇者呼びで良いのではないかとアスは思うからだ。

「勇者・・・?」

 アスの手を握ったまま、何処かご満悦と言った様相だったルキフェルが不意に呟き、そして首を傾げた。

「ああ、さっきお前が吹っ飛ばしたあれが今の勇者らしい」
「・・・・・・」 

 アスの言葉に、ルキフェルが緩やかに瞬かせる双眸。
 言葉なく、そして何故かアスの背後へと移動すると、ルキフェルはまたもアスの腰辺りを掻き抱く様にして、そしてその背中へと額を着けて来た。

「・・・は?」

 されるがままにしていたが、そこでようやくアスは声を上げる。

「アス、選んで」

 背中へと囁かれる言葉。
 呼吸の感触すらも伝わりそうな距離で、ルキフェルは懇願を告げて来た。
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