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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
63 神の代行者たる者
しおりを挟む「・・・人の為の教会。魔女は人ではないんだねぇ」
「ああ、お帰り」
「お帰りって、まぁ、あまりの言い分に、ちょっと予定外の旅に出ちゃってたけど、ただいま」
飄々と笑うフェイの様子に、どうやらそちらの外面で対応するらしいと、アスはその帰還を受け入れた。
「一応聞くけど、同行するの?」
「それ、どう言う意味の一応?」
「ふふ、現状の勝手に盛り上がってる彼らに対抗する術はないけど、貴方の意思は違うでしょ?って一応かな」
その言葉に、アスは分かりやすく顔を顰めてみせた。
フェイは分かっている。アスがミハエル達に同行したくない、寧ろ関わる事すら嫌だと思っている事を。
けれど、アスにはそんな嫌だと言う自分の意思を通せるだけのものもないのだと。
どれだけ、現状のアスが行きたくないと言っても、ミハエル達側に、その拒絶を受け入れる理由がなく、行く行かないで話し合いを決裂させたとしても、アスに同行を断ると言う意思を通すだけの力がないのだ。
「うん?」
小首を傾げる仕種と共に浮かべられている、その無邪気なままの笑顔は、アスの答えが是だと疑ってすらいないのだろう。
どうかしたのかと窺う様に見てくるミハエルを見返しながらも思い、そこでああ、と、気付いていた事を再認識させられる事で、アスは少しだけ自身の考えを修正する。
「そもそも拒絶だと、思われていない感じか」
「ん?行かないって言ってるのに?」
アスは自分の意思を明確に告げている。フェイもまたその場に立ちあい続けていたのだから当然知っていた。
アスの呟きを拾うフェイは、その事を不思議そうに聞いて来たが、アスは自分の意思に意味がない事に、途中からだが気が付いていた。
「人の為に遣わされし、神の代行者、つまりは、あれの言葉は神の言葉だ」
「尊き神の、有難い御誘いを蹴る不信心者はいないって?罪禍の魔女なんだから、それも折り込み済みになるんじゃないの?」
フェイもまた、意味がないとアスが考えたその理由に思い至っていたらしいが、それでも、と言う事らしい。
教会の教えに、魔女は災いを呼び、魔物すらも操ると言うものがある。
混沌を招き、魔物等の王が生まれる事すらも魔女のせいとされ、罪禍の存在なのだと教えを授けるのだ。
ならば、神の意を受けた勇者の言葉をアスが拒んでも、不信心故にあり得る事だろうと、そうフェイは言っていた。
「唯一の、彼の神が為の教会。だが、リィルが言うには、考え方の違いで四つの派閥が存在してしまっているらしい」
「ありがちだねぇ?勇者イコール神。絶対にその派閥でしょ?彼等って」
面白そうに、半眼でフェイの見る勇者等一行が何をしているのかと言えば、自分達の方針が決まったのだからと、その準備だった。
こうしてアスとフェイが交わす会話すら聞いておらず、向こうは向こうで何やら楽しそうに話し合っている。
そして、何処から取り出したものか、そんなミハエルの右手には、何時の間にか剣ではなく一本の赤いリボンがあった。
「強硬派、過激派までは言ってないと思いたいが、無理か?」
難しそうにアスは呟くが、そんなアスに、感情を装う、それだけの余裕があったのはここまでだった。
「アス、一緒に行こう!」
満面の笑みで差し出された右手には、宣言通りか、艶やかな光沢を放つ緋沙羅のリボンが携えられている。
アスの顔から表情が抜け落ちていた。
自分を縛ろうとする、リボンの存在にではなく、自身へと向けられたその言葉へとアスは反応する。
その微かな変化に恐らくフェイだけは気付いた。
無意識にか、意識的にか、フェイが一歩を後退る。
ミハエル達からではなく、アスの存在から距離を取ろうとする動き。視界の端でそんな行動を捉え、けれど、同時に言葉は溢れ紡がれていた。
「アスを一人にすることはないから大丈夫。約束するよ」
意味合いが違うのだとアスには分かっていた。それでも、似通ったその言葉に、告げられた“約束”とそれだけの言葉にアスは俯いてしまう。
ーカラーン、カラーンー
鐘楼から響く、荘厳な鐘の音にも似た響きが彼方の空から聞こえて来た。
それが何の音なのか、その音の出所を探そうとする者は誰もいなかった。
アスが自分の握り締めた左手を、胸もとに当てる。
何かを抑え込もうとするかの様に、何かに耐え様とするかの様に、強く強くアスは押し付けている。
深く俯き、落ちた前髪でその表情は誰にも分からず、その眼差しの行方すらも窺い知る事は叶わない。
「どうしたのでしょうか?」
「うーん?照れてるのかな?」
エレーナとミハエルの会話はいっそ暢気とすら言えるものだった。
肌に感じる程に空気が張り詰めている訳ではなく、まして、殺気等と言った明確なものが感じられる訳でもない。だから何かが分からなくても、気付けなくても、何もおかしな事ではない。
現に、カイヤやシャゲの二人もただアスを見るだけで、何の行動にも移そうとはしていないのだから。
けれど、半年にすら満たなくとも、それでも一緒にいた時間のあるフェイだけは何かを感じていた。
それが何かは分からず、なのにフェイはアスから距離を取る動きに、もう一歩分の距離を後退っていた。
「えっと、じゃあ僕が主になるワケだし、首にリボン、結んであげるね?」
そんなミハエルの言葉をアスは聞いていて、そして、顔を上げる事のないまま、口を開いた。
「・・・守られる事のない約束に意味はない」
囁きよりも密やかに、けれど、その言葉は、その場にいる誰の動きをも止める何かがあった。
「えっと、アス?」
戸惑う様にアスを呼ぶミハエルもまた踏み出しかけた足を止めている。
ー私の悲しみに意味はなく その悲哀を聞くものもないー
「ッ」
そう息を呑んだのは誰だったのだろうか。
抑揚に欠けて感情を映す事のない、けれど、酷く澄んだ綺麗な声が、歌うように旋律を辿る。
歌詞を耳が捉えている。
なのに、その意味を理解する前に響きが泡沫の如く潰えてしまう。
それはただ、理由の分かり難い喪失感だけを聞く者に抱かせた。
ーカラーン、カラーンー
聞こえて来る鐘の音に酷似したその壮麗たる響き。この音の方が、余程情緒があると誰にも思われるのだった。
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