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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
62 しょうがないよね
しおりを挟む「じゃあ、首輪を使うしかないか」
不意に、そしてアスにとっては唐突にと言ってもおかしくはないであろう呟きがその場に落とされる。
グロリオサと曼珠沙華。毒持つ花と、その名前を持つ者等へと向いていた意識を一気に引き戻す呟きだったのだが、発したミハエルにその自覚はないようだった。
張り上げられた訳でもない声は、何故かその場にいた者全員の耳に届き、聞いたと思った時にはその意味を理解させられている。そんな不可思議な強制力のある声だった。
集めた視線を平然と受け止め、そもそもが注目を浴びている事を意識しているかも怪しいミハエルの平然と佇む様子に、これもまた勇者故の資質なのかと、ふと思い浮かべてしまう、とある存在へとアスは一人密かに納得すらしてしまう。
「・・・ミーシャっ」
アスの思考と同等分の時間か、一拍程の間を開けて、何気ないミハエルの言葉を理解はしても、追い付いていなかった反応にエレーナがはっとし、驚いた様にミハエルの顔を凝視する。
「無理やりとか、支配してるってみたいになっちゃうから僕はイヤなんだけど、だってしょうがないもんね」
うんと、一つ頷くミハエルは、直前に自身で嫌と言う言葉を使いながらも、決めてしまえばその解決案に、何の憂いもないと言わんばかりの晴れ渡った笑顔をエレーナへと向ける。
ここにいる面々に、思ったままを顔に出す者は少なく、その反面、“首輪”と、その意味を察する力に困っている者もいなかったのだろう。
だからこそ、ミハエルの決断に一瞬エレーナは身を強張らせ、そして、次の瞬間に浮かべられた、大輪の花開くと、そう表現したくなる満面の笑みにアスは瞠目する事になる。
「それは、とても素晴らしいお考えですわ」
流石ミーシャとエレーナはミハエルを褒め称え、アスはそんな光景をただ見せられている。
何しろこれは眼前でのやり取りなのだ。見たい見たくないではなく、目を開いてさえいれば否応なしに映り込んで来ている。
「首輪のせいでしかたがないって、言い訳をしてもいいってことでしょうか?」
「んん?みんなへの思いやりだよ?」
虚ろに呟いたフェイには珍しく、目を向けるアスが見たその表情こそ笑みを装っていたが、切れ長のその瞳には、ここではない何処かへと逍遥に出ているかの様に意思を映す光が不在だった。
けれど、そんな言葉を聞き取っていたミハエルが不思議そうに小首を傾げて告げた内容にアスは成る程と、これが今代の勇者かとそう認識をする。
「首輪って言ってもちゃんとかわいいのにするし、そうだね、アスだったら赤いリボンみたいなのとか似合いそうだよね?」
「・・・隷属の首輪を使ってでも従わせるって?」
皆が知っている“首輪”の意味。嬉しそうに求められる同意。
自分の事を話されているのだからと、一応は問うアスは、瞬かせる双眸にも、意味が分からないと言うよりは試す様にミハエルへと首を傾げて見せた。
その結果に、ミハエルへの認識がアスの中で変わる事はない。
ただ裏付けの様な返事を聞くだけ。
「僕は力を貸して欲しいって言ったよね?使ってもらう為にしかたがないって思うから、だからこれはやっぱり無理やりとかじゃなくて安心を保証してあげる手段なんだ」
「・・・・・・」
「フェイ、教会の定める勇者は人の為にある」
「アス?」
彷徨うばかりの旅路から戻って来たのか、口を真横に引き結ぶフェイにより、細めた緑色の双眸が内包させられるのは戸惑いよりも嫌悪だろうか。
勇者の発言と選びとろうとする行動。その中にフェイには許容しがたいものがあったのだろう。
先程のエレーナの反応。そしてこのミハエルの言葉。教会の象徴とも言うべき、勇者と聖女、その二人の様子から、アスの中で、今の教会の形が朧気にも見えて来ていた。
「“首輪”は主への隷属、或いは隷従を強いるもの。この子は“風”縛られる事を嫌います。相性としては最悪なのでしょうね」
「それを承知で会わせた、その意図は?」
「奴隷の首輪、本当、悪趣味ですわ」
カイヤとシャゲが窺うフェイの様子にも、“首輪”についてを述べている。
呟く様にアスは問いを差し挟んでいたが、それに答えが返る事なく、ならばと、そのまま本格的に口を開き始めるのは、単純に“首輪”について現在での扱いを確認したかったのもあった為だった。
「隷属の首輪。支配による従属を強制する、ある種の契約魔法の総称、あってるか?」
「当初は奴隷の身分と人権を保証する為の魔法としての総称でしたが、今では、そう言う効果を持った道具全般の事を指していますね」
何らかの犯罪に手を染めてしまった者。或いは返せない程の借金を抱えてしまった者。そう言った者達の最後の社会的な受け皿。それが奴隷と言う身分だった。
「主となる者の所有物となる事で、逆に生活の保証を得る仕組みでしょうか」
「罪に応じた償いの機会を与えられ、負ってしまった借金の返済の為に仕事もまた与えられます」
「行動の制限はあるのですが、主には主はの義務が課せられる為に、理不尽に傷つけれる事もなければ、虐げられることもありません」
カイヤとシャゲの説明に、二百年程前とそう違いはなさそうだと、アスは了解を示して一つ頷いて見せた。
「今は契約の為に道具が使えるようになっているので、魔法使いや魔術師がいなくても、主従の結び付けが可能になっていますね」
「ふーん?それで、私?」
「そう赤いリボンで、ちゃんと僕に縛って上げる。きっと似合うよ!そんなにかわいいんだもん」
「ええ、そのままではやはり連れていけませんが、誰が見ても分かるもので、私達が制約を請け負って差し上げれば良いのです」
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