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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

61 パーティの在り方

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「私がお前を選ぶ事はないよ」

 凪いだ瞳でアスは見詰め、そして告げた。

 ミハエルの、朝焼けの色合いをアスへと想起させる赤光を湛えた金の双方がそこにあった。
 視界に入れるだけではなく、今ようやくその存在を認識しようとしているかの様にアスは見詰め、それがミハエルにも分かったのか、嬉々として輝かせる瞳に、喜びを伝える感情でこれまで以上に口もとが弧を描く。

 けれどアスは、選ぶ事はないと、ただ自らの意志を口にする事でそれ以上を拒否していた。
 そして、その先のミハエルの反応を待つ事なく、その視線をミハエルの傍らへと歩み寄り、佇むエレーナへと向けた。

 目が合い、視線が交錯した瞬間にびくりと僅かにエレーナの肩が震え、けれど、その目がアスの双眸から逸らされる事はなく、受けて立つと言わんばかりに強くアスを見詰めて来る。
 だからと言う訳でもないが、アスは僅かに笑み、伝える事にした。

「嫌な時は嫌と言えば良い」
「・・・え?」

 自らの意思を大切にするべきだとアスは思う。
 無闇矢鱈に我を通せと言っている訳ではないが、ただ周りを尊重すれば良いと言うのも違っている。
 かつて、勇者達とのパーティと言うもののを経験したからこそ、より思う事に続けて口を開き、アスはエレーナへとそんな言葉を向けて行く。

「パーティの方針を決めるのは確かにパーティリーダー、お前達の場合は勇者がそうなのだろうが、仲間メンバーが意見を言って駄目な訳がない。意見を言えない程に信用がないのも駄目だし、それから、リーダーが暴走するなら、止める存在がいなければパーティとしての長続きは難しいだろうな」

 これは勇者のいるパーティーだからと言うものではなく、ギルドと言う組織に出入りするにあたって、アスが見ていた幾つものパーティに言える事だった。

 アスは再び眺め見る様にしてミハエルを見る。
 ミハエルの明確な勧誘がある前の先程までがそうだった様に、それは俯瞰の視点に近く、ミハエルだけではない全体をも眺めていた事で、その傍らにいたエレーナの反応にもアスは気付いていたのだ。

「言おうとする前に言葉を飲み込んで、笑みは笑みのままだが、余計な力が入るのだろうな」

 そう付け足す言葉で伝わったのか、一瞬にして恥ずかしげに頬を染めたエレーナが僅かに目を伏せる。

 聖女であり、勇者と言う存在を頂く教会に属するからと言うのもあるだろう。
 そして、もう一つ、アスにはエレーナが恐らくはとつく血筋、つまりは国の運営に携わりを持つ様な家に生まれたのだろうと予想が出来ていた。
 立ち居振る舞いの一つ一つに品があり、勇者を立てて、内心はどうであっても微笑みを常とする。
 教会に属する為に家から離れてそれなりには経っているのか、だいぶ崩れ、馴染んではいるが、生まれながらに身に付けられたそれらのものが完全に消えてしまう事はないのだ。

 そんなエレーナの自然に浮かべられている綺麗な微笑みが、ミハエルがアスへと手を差し出したその一瞬、確かな硬直を見せた。
 笑みが崩れた訳ではなく、酷く綺麗なままに、貼り付けられたかの様な硬質的な空気を纏ったのだ。

「レーナ?」
「も、申し訳ありません、ミーシャ」

 アスの指摘に、照れと羞恥から染められていた頬から一瞬にして赤みが消え、寧ろ色を失う。

「大丈夫、でも、謝るってことはレーナはイヤだってこと?」
「ミーシャが望むのなら」

 自分はただミハエルの意思に従うと、間髪入れぬ答えは、嘘を言っているとは思えない程にはっきりとしていたが、浮かべられる綺麗な微笑みにも、エレーナの双眸は伏せ目がちのまま微妙なところでミハエルの目を見てはいなかった。

「ん?“魔女”の力を借りるってはなしたときはそんな感じじゃなかったと思うんだけど、もしかしてそのときからイヤだったとか?」

 だったら落ち込むなあと、呟き、エレーナの内心に気付いていなかった事を知ってか、しょんぼりして見せるミハエルは、パーティの事をちゃんと考え、面々の事も見ていると言う自負があったのだろうと思われた。

「・・・、・・・」

 言いかけ、言えないまま開きかけた口を閉ざす。
 エレーナはミハエルを見ようとしてさ迷わせる視線に、結局は、言葉を紡ぐ事なく徐々に俯いて行ってしまった。
 そんな空気を心配してカッツェがシャゲとの対峙を躊躇いながらも止めてエレーナに寄り添うと、その背中に手を当て落ち着かせていた。
 脅威への対応は絶対だが、現状の膠着状態から優先度がエレーナのフォローに切り替わったらしい。
 エレーナを気遣う最中に、ほんの一瞬ミハエルへと向けられた、明らかに責める、あるいは蔑む色合いを持った眼差しに、アスは少しばかり面白さを感じていた。
 “勇者”の仲間達パーティだと思っていたが、カッツェの最優先がエレーナだと垣間見えた瞬間だったからだ。

「まあ、そもそも、私には誰かの為に咲こうとする“毒花”を傍らに置き続ける趣味はないよ」

 エレーナの事は置いておいて、アスは今のうちにと、衝撃を受けているミハエルへと、自分にとってもっともらしい理由で後押しする事にし、動かす視線を意識しながらリオの存在を一瞥した。

「リオ?」

 アスの視線をきちんと追いかけた先で、見た相手へと、ぱちくりと不思議そうに目を瞬かせるミハエルの反応に、一瞬知らなかったのかとアスは思ったが、直ぐにそうではない事が分かる発言が続く。

「あんまり表情変わらなくて怖そうな見た目だし、“グロサ”ってあぶなそうなネームバリューだけど、いい人だよ?」
「良い人なら問題ないか」
「うん」
「そこで納得しないで下さい」

 思わずと言ったようにフェイが口を挟んで来た。

「名ばれしていますけど、いいのですか?」
「ミーシャだから」

 そのやり取りは、シャゲとリオ、“曼珠沙華まんじゅしゃげ”とグロリオサと言う、人を殺せる程の毒持つ花々の名前を名乗る二人のものだった。
 
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