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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
59 勇者の目的
しおりを挟む「君なら僕をミーシャって呼んでも良いよ?」
「ミーシャ?」
「それは、光栄なの、か?」
会話の流れや場の雰囲気を変える為だったのかとも思う。
アスは突然ミハエルに愛称呼びを許されて、それを聞いていて戸惑った様にミーシャと呼ぶエレーナに、アスもまた理由は異なるのだろうが同じく困惑していた。
「親しい人か親しくなりたいと思う人にしか許してないから、そう言うこと」
「そうか」
そう言う事らしいと、アスは受け入れる返事だけをして、結局ミーシャ呼びをする事はなかった。
「ん、んー?」
「なんだ?」
「アスは、」
「ミーシャ!」
何か不満顔に呻く様な声を上げるミハエルへとアスが怪訝そうな声をかければ、まさかのミハエルからのアス呼び、そして、その続きを遮るかの様なタイミングでエレーナがミハエルを呼んだのだった。
「どうしたのレーナ?声を荒げるとか、誰かの会話を遮るとかもびっくりしちゃった」
「いえ、申し訳ありません。帰路のこともありますから、そろそろここに来た目的のことをと思いまして」
ミハエルが丸くした目を瞬かせてエレーナを見ると、はっとした様な表情をして、それからエレーナは自分が、自身にしては大きな声を出してしまった事に気付いたのか恥ずかしそうに少しだけ頬を染め視線をさ迷わせていた。
それでも、目的の事を告げるのは忘れず、戻し、合わせた目に、ミハエルへと取り繕いきる事の出来ていない僅かばかりの早口で言うべきと判断した事を告げるのだった。
「そっか、そうだよね、ありがとう。レーナがしっかりしてくれてるから助かるよ」
「はい。ありがとうございます」
何事もなかった様にミハエルは、嬉しそうに信頼を込めてエレーナへとお礼を告げ、告げられたエレーナは誉められ慣れていないと感じるぎこちなさで、はにかみ頬を染めている。
「目的?」
二人の間に漂う微笑ましい空気の一切を感じていないと思わせるアスの、不思議そうで、ある意味ではタイミングを読む事のない疑問の一言。
ミハエルのエレーナへと向ける笑みはそのままアスへ、けれどその一瞬で変わるエレーナの笑みの質にアスは気付き、成る程と思う事があった。
エレーナの表情を彩る信頼でも友愛でもなく、対外的な、相手へと不快感を抱かせる事のない為だけの綺麗な微笑み。
そこに偽りがある訳ではなく、けれど、ミハエルの様にエレーナはこちらに対して友好的と言う訳ではないのだと、それだけをアスは判断していた。
「目的、そうなんだ。魔王の目覚めから、魔物の脅威が本当にひどくて」
「魔王の、目覚め」
アスはその一部分をただ反駁して呟く。
ミハエルはアスの反応を見てはいても気にする風もなく、沸き上がる自身の感情に煽られたかの様にその表情を、怒りと悲しみに歪め、それ以上に抱く強い感情に瞳を鋭く輝かせて行く。
「みんな悲しんでて、苦しんでる。少しでも早く倒さなきゃいけない。だから、魔女と言う存在の力を役立てたいんだ」
悲憤の感情はそのままに、その双方の根底にあるものが、瞳の輝きを増して行く。それが、ミハエルの持つ使命感が所以だと、交わした短い会話からもアスには分かっていた。
振りかかる災禍への理不尽を許せず、他者への悲劇を自らの事の様に受け止めながらも、嘆きに膝をつく事なく、未来へと続く前だけを見据えている。
「己が身の内にある正しさを糧に、使命への誇りとする。真に歪みなく在る気質こそが此れを駆り立て、“勇者”の成すべきへと導く」
「なあに?」
「貴女は・・・」
アスの言葉に不思議そうなミハエルと、目を見張る様に笑みを消したエレーナの反応。
アスは一度、誰に向けるでもなく首を横に振ると、その仕種だけで、抱かれたであろう疑問の全てを封じ、それを口にさせる事はなかった。
無理矢理に押さえ付けたわけではない。
小さくも拒絶を示した動きのそれだけで、その後の追及を遮って見せたのだ。
アスの拒む仕種に、聞いてはいけないと罪悪感を抱くか、或いは聞けば何かが起きると警戒心へと働きかけられるか。どう受け取るかは人によるのだろうが、結果は疑問を疑問として受け取れなくなる程の、口にする事すらも考えられなくなると言うそれだけだった。
疑問を抱いた。その事が既に間違っているかの様に。
勇者一行に目を向けないまま、アスは緩やかな動きのままにフェイを見て、それから、カイヤの存在へと一瞥を投げ掛ける。
「唯一、公に居場所のはっきりとしている魔女。魔女の力を求めるならまずはここか」
「そうですね、青の集落は、魔女の一人を擁していますから」
得られた答えに、アスはミハエルへと目を向ける。
その動きに、アスにはミハエルを視界に入れると言う意味しかなかったのだが、向けられたミハエルには、違う意味合いがあったのかもしれない。
弾かれた様に目を瞬かせ、そして不意に破顔する。ミハエルの人懐っこい屈託のない笑顔、そんな表情を向けられたアスは、その背景に、幾つもの花が散っているかの様な、そんな幻覚が見えそうな程の何かを感じさせられていた。
「君もそうなんだ!」
突然何なのかとアスは思いミハエルを眺めていたが、同時に、視界の端でフェイの表情が本当に僅かだが顰められたのにも気付いていた。
「ミーシャ?」
「なら、君が良い!」
「私が?」
何の事だと、アスは尋ねなかった。
「癒しと、先視の力よりも、その人が纏う破魔の風よりも、君が良い!」
「ミーシャ・・・」
興奮するミハエルへ、その名前を怪訝そうに呼んだのはエレーナで、それでもアスの存在だけを視界へと入れ続ける様子に何を感じたのか、感情の抑揚を欠いた声でミハエルを呼んだのはリオだった。
そしてミハエルは告げる。勇者にとっての真実を。
「だって、君も魔女でしょう?」
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