月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

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「ええ、私ごときの望みに対して、崇高な使命の最中にあらせられる勇者様の手を煩わせるなどとてもとても、だから役不足って言ったよ」
「人々の為にあるのが勇者である僕だよ?」
「魔女の存在そのものを原罪と説く教えでしょ?」

 人々の為に、けれどその人々の中に、教会が罪と教える魔女の存在は入っているのか。

「あなたの望みはそんなに軽いんだ?」

 理に反する程の望み持つ魔女。その望みの為に勇者である自分を利用する気概はないのか。そんな挑発。

「世界を救うって大義の前には、個人の在り方なんて些末事だと思うけど?」

 にこにこと、フェイとの会話を楽しげに進めるミハエルに対して、フェイは飄々とした笑みと軽快な口調で応じる。

 分かり難くも、読みやすい、それぞれの意図を擦り合わせる。その手暇に、フェイはこの勇者と肩書きを持つ少年が、屈託のない笑顔の裏で、年齢以上にもそれなりの物事を考えているのだと判断させられていた。

「あの、レーナ。このやり取りは、勇者であるミーシャが軽んじられた訳ではないのですか?」

 フェイとミハエルとの雰囲気だけは気軽いやり取りの傍らで、ひそめる声にカッツェがエレーナへと訪ねている。そんな戸惑いと懐疑に満ちた声はフェイにもちゃんと聞こえていた。

「駄目ですよカッツェ、旅に必要がないと教養語学の勉強を疎かにしていたのが丸分かりです」

 少しだけ細めた双眸で、控えていたカッツェを見るエレーナの淑やかな微笑みには、けれど、確かな圧があった。
 カッツェはエレーナより何歳か年上の様なのに、どうやら立場的にはエレーナの方が上らしいと、焦りから視線を彷徨わせて挙動不審となりつつあるカッツェを見てフェイは思った。

「レーナは聖女で、カッツェは側付きの護衛。でもそんな関係以上に仲がいいんだ」

 先程までの張り詰めた空気の最たる原因であるカッツェには、先程のあの瞬間から今はもう悄然と項垂れて見る影もなくなっていた。
 そしてにこにこと嬉しそうにフェイへと告げたミハエルの言葉は、続くやり取りに夢中になっているらしい二人の耳には入っていないらしい。
 
「カッツェの勘違いも分かりますが、カッツェ向けにちゃんと説明するのなら、役不足と言うのは力不足とは違うと、覚えて下さい」
「は、い・・・?」

 カッツェは頷いて見せているが、理解してと言う訳ではないと、その困った様に寄せられた眉根が語っていた。

の望みに対して、僕の力が足りないって言ったワケじゃないってことだよ」

 カッツェと言う女性は、フェイの役不足と勇者を表した言葉に、勇者の力が足りないのだと、勇者が侮られたのだと解釈しフェイへの眼差しを剣呑なものへと変えていた。
 けれど、勇者ミハエルと聖女エレーナによって、直ぐにその勘違いは正され今に至っている。
 偉大なる勇者と言う存在に対して、フェイの望みでは、勇者の力を借りる等、分不相応だと、遠回しな遠慮をして見せているのだと。

「ミーシャは、同道を許すとしか言っていません」

 リオの聞き取り辛く、ぼそぼそと喋る言葉にパーティメンバーの視線が集まる。

 張り詰めた空気の原因はカッツェだったが、そのあからさまさの中に、密かに、けれどより鋭く紛れさせられたものにもフェイはちゃんと気付いていた。

「リオ、抑えて」

 ミハエルが可笑しそうに笑いながら告げた瞬間、ふっと、今度こそ完全に空気が弛んだ。

 だからフェイは、ただそのままに気付かないふりをする。そして、不思議そうにも一つの話題を持ち出した。

「ん~?貴方の先代は、あの子に魔女としての望みを叶えることを対価に、旅への同道をして貰ったんだって聞いてるけど?」
「なっ!尊き御心に選ばれし救世の子が、罪禍の萌芽の望みに荷担する筈がありません」

 跳ね上げる顔に、エレーナは一瞬だけ言葉を詰まらせ、けれど直ぐ様にフェイへと捲し立てた。

「罪禍の萌芽、ね。大層な言われようだ」

 肩を竦めて、首を左右へ緩やかに動かして見せるフェイは、呆れていると言外に告げていた。

 教会の教えの一端に、魔女と言う存在は罪であり、穢れであり、災いだと伝えるものがあるとフェイもまた知っていた。
 曰く魔女とは罪の始まりであり禍の兆しであり、穢れの源なのだとか。

 聖女の選定は、教会が神による託選を得て成される。選ばれた聖女は、聖女としての教育を受け、そうして救世の旅路に出る勇者へと伴われるのだ。
 その教育の成果がこれなのだろうと、フェイは飄々と笑うその心の中でいっそ感心すらもしていた。
 迷いなく、フェイの言葉により勇者を貶されたと言わんばかりのその怒りは純粋ですらあり、自分達の正統性を信じきっているのだから。

 最初に空気を張り詰めたさせたカッツェと、より密かに剣呑な気配を纏っていたリオ。
 そして、最初は取り繕っていたが、カッツェとリオの思いと根幹を同じにするであろうエレーナの怒り。
 全ては勇者と言う存在が為にと、そんな事をフェイは見て取っていた。

「望みの手助けと引き換えで旅を手伝って欲しいって言うのかと思ったけど、じゃあ、何をしてくれるの?」

 フェイは、敢えて、そうミハエルへと問い掛ける。

「それはもちろん贖罪の機会を与えてあげるんだよ」

 晴れ晴れとした迷いのない笑顔は、自分が素晴らしい提案をしていると微塵も疑ってはいない。

「魔女と言う咎人にまで、手を伸ばさんとする。ミーシャ素晴らしいです」

 怒りから一転して、エレーナの感激に打ち震える声に、フェイは飄々とした笑みの中で、僅かに目を眇めていたが、その変化にミハエル達が気付く様子はなかった。

「あの子を尊敬しますね」

 笑みのまま、ふっとフェイは呟いた。

「魔女は人の世へと災いをもたらす先駆け。貴方の存在がもたらした罪咎へと償いをする手助けを担ってあげるよ」

 言葉と共に、ミハエルが両手を掲げ、振り下ろす仕種をした。

ークラウ・ソラスー


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