月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

文字の大きさ
上 下
112 / 214
【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

54 襲来2

しおりを挟む

 飛沫の向こうへと消えた姿と、それきり、どれだけ探索の力を研ぎ澄まそうと一欠片の存在をも辿れなくなってしまっている現状。
 アスが他の魔女の領域である、くだんの庵の存在へと招かれたのだとそう判断するしかなくなったその後、フェイはそれでもしばらくの間、凪いだ水面とその上を漂う霧を眺め見ていた。

「招かれたことはありませんし、訪れたことのない場所では存在を感知することも難しいのですが、私は在ると知っていて、知っているならば手の打ちようもあるんですよ?」

 おもむろに、フェイはそう口を開いた。

「少し、時間がかかるかもしれませんが、あの方自身が招かれる事を許容したのなら、貴方は傍観を選ぶ」
「時間ですか、藍晶らんしょうの魔女が抱えるの為に?」

 挑み、受けて立つ。そんな形を取ったやり取りはじゃれあいのようで、結局のところはただの言葉遊びだとフェイは分かっていた。
 何かを探る為ではなく、確認の為でもない。聞いたままに牽制の意味がある訳でも、説明を求めている訳でもない。互いが互いを知っている為に、全てがお互いの想定の範囲でしかないそれだけのやり取り。

 連れ立って歩いて来たフェイが足を止めてしまった状況に付き合い、カイヤもまたこの川縁に留まっていた。

 少し前に、水面を盛り上げる程の巨体を以てアスを襲撃した存在の姿も、今は何事もなかったかの様に凪いだ姿を晒している流れの中で気配を消してしまっている。
 アスの存在と同じく、フェイには見付ける事が出来ず、眺めるままに時間がかかってしまうと言うカイヤの言葉を聞いていたが、それでも何と無く立ち去り難く、フェイはその場に留まり続けていた。

 うっすらと口もとに残した笑みの表情はフェイの“普通”でしかない為に、それなりの付き合いがあるカイヤが今のフェイは無表情と変わらず、そしてその無表情の中で何を思っているのかすらも既に把握されてしまっていると、フェイ自身にも分かっている。

「貴方も察しているとは思いますが、血縁、それも直系ですよ、あの子達は」
「先代の聖女ガウリィルの子・・・達?」

 ちゃんとした確認をした事こそなかったが、フェイにも予想がついていたその事と、けれど同時に齎された想定の外側を行ったその言葉尻。
 どう言う事かと意味を問うのではなく、有り得るのかと可能性への仮定へと意識を向けて行く時、それを明確な問いとして確認を口にする前に事態は動いていた。

 視界を引き裂くかの如き閃光と、音無き衝撃。
 全身へと叩きつけられる風圧は、けれどただの余波でしかなかったのだとフェイが気付いたのは、反射反応に任せて眇めた双眸へと瞬く間に一掃されてしまった霧の光景を見た時だった。

「・・・・・・」
「思考し続ける事は大切ですが、聞ける時にこそ、聞いておくべき事を聞く事もまた必要ですよ」

 助言が忠告か、フェイがカイヤの表情を窺った時には、その意味ではなく結果を察していた。
 
「時間切れ、時期を逸した訳ですか」

 フェイの思考の推移状態が分かっていたかの様にカイヤは笑んでいるた。
 ようするに、聞ける時に聞かなかったのだから、フェイが問おうとした事にカイヤが答えをくれる気がないと言う事だった。

「お客様を優先しなければいけないと、それだけです」
「ここの守りである霧を散らして来たのだから、招かれた相手ではないのでしょう?」
「アポイントメントは受け取っています」

 約束の取り次ぎがあったと事もなく告げるカイヤの歩み出しをフェイは追う。

 立ち込めていた霧が晴れた事で露となった、川の中州の様な地形の土地へと並ぶ木造りの家々。
 その三十にも満たない家々から成る小さな集落に、だが、人どころか人以外の生き物の気配すらない事にフェイは当初から気付いていた。

「貴方と、アズリテとラズリテの二人、それからラジアータの継承者」
「そうですね、今ここにいるのは補佐のあの子等とお目付け役を兼ねている彼女だけです」
「私達が訪れた時には既に今の状態でしたね」

 カエルレウスの集落に着いた、その時からの現状の不自然さ。
 家々があり、確かに此処で暮らす人々がいると言う痕跡が至るところにある。なのに、誰の姿もない。
 余所者の滞在から、それぞれの家に引きこもり、姿を見せないだけと言う訳ではなく、集落自体から離れてしまっているのだとフェイは確認を怠ってもいなかった。

「大切なお客様の予定がありましたので、皆には一時的に青玉サフィールのもとへと行って貰っています」
「・・・来ましたね」

 人のいない集落を悠然と歩み来た四人組の姿をフェイは認める。
 数歩分だけその場から進み出て迎えるのはカエルレウスの長であるカイヤ・ヴィリロスと翠翼すいよくの魔女であるフェイの二人。

「やあ、約束通り来てあげたよ?」

 声変わり前の少年特有の澄んだ声音が弾んで聞こえていた。
 人好きのする笑みを浮かべた秀麗な面持ちは、精悍さよりも、まだまだ可愛さが全面に出ているだろう。
 百五十センチあるかどうかといった身長に、弛く波打つ柔らかそうな金の髪。猫を思わせる愉しげな光を弾ませる瞳は金色を溶かし込んだ赤光色を湛えていた。

「勇者・・・」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...