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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
52 八つ当たりに
しおりを挟む「ですから・・・だから、私達は貴方のその怒りが、怒りの矛先が、あの子へと向いてしまうことを、恐れるのです」
自身を落ち着け、一言一言を確かめ、噛み締める様にしてアズリテは告げる。
そうして、伏せる様にした目線は、まるでアスの眼差しから逃れるかの様に見えていた。
「よく分からない」
「・・・は、え?」
アスには、結局のところ分からなくて、だからもう率直に聞いてしまおうと、ただそれだけを思っての言葉だった。
けれど、アスの切り出す言葉から、窺うようにして上げていった視線に、ようやくアズリテはアスの困惑に気付いたのか、戸惑いと疑問へと、混乱したかの様に、その見張る目に瞳を揺らすのだった。
「喪失感以上の欠落。切望どころではない渇き。生き物が水なしでは生きて行けない様に、決して失ってはいけないもの・・・」
「何を・・・?」
抑揚に欠けた声が、滔々と言葉を並べる。
突然アスが告げ始めた言葉に、アズリテは何が何だかと言った様に戸惑いを露として呟いたが、アスはその戸惑いには応じず、ただ、続く言葉を繋げて行く。
「どんな形であれ、それをなくして、取り戻す事なんて出来ないのに、望んで、求めて、欲っする・・・気が狂わんばかりの飢えに、絶望すらも生温くて、なのに、狂う事も出来ず、世界の方を歪めてしまった存在。その反動であり代償であるのが魔女と言う存在だと、そう私は思っている」
「そうまでして、手を伸ばし続けた望みを潰されたのだから、怒りを受けるのは当然だとでも?」
強張った声音に、それでも挑むようにして見るアズリテの強い眼差しが、今は正面からアスの存在を映していた。
けれど、その様子に、やはりアスは分からないと首を傾げてしまう。
「怒っている。それは認めただろう?」
「はい」
会話の堂々巡りを自覚し、アスが言い聞かせる様にすれば、強張った表情にもアズリテが頷くのを見ていた。
「“約束”したから、私と言う存在がアイツ等を想う事があっても、それだけだ」
「?」
「分からないだろう?」
「は、い?」
困惑を指摘され、戸惑うままに同意している様子に、やはりとアスは苦笑する。
「分からないなら、私が怒っているからと言って、その私の怒りの向く先にお前達はいない。それだけだよ」
「そんな、筈が、それは貴方がただ気付いて、いないから!」
信じ難いものを見る様な眼差しと、抑えをつけられずに声を荒げるアズリテの口調が必死さを伝えて来て、だからこそ滑稽だと、アスはいっそ冷めた想いにアズリテを眺め見る。
アズリテは、アスの認めた怒りが、アスの邪魔をする自分ではなく、自分の守りたい相手に向く事を恐れている。それはもう間違いのない事だった。
けれど、幾ら、アスが自らの感情を自覚したからと言って、本来なら無関係な筈の相手にその怒りが向く筈がない。それではただの八つ当たりになってしまうと理解しているから。
だから、もしもその八つ当たりを、アスが他者へとぶつけても問題のない相手としていると思われているのなら、心外としか言いようがない。そう思うが、言動から、アズリテにもそれは分かっているのではないかとアスはそう思い、だからこそ、やはり結局のところで苦笑せずにはいられなくなってしまうのだ。
冷めた思いの中にある諦感か達観か。アスはアズリテの懸念にある根本を暴く事にした。
「自己中心的で傍若無人な輩の多い魔女と言う存在だが、例え、お前達が誰の子供でも、私とアイツ等の事に、お前達は関係がないよ」
告げるアスの、いっそ突き放す言葉に、その瞬間、アズリテは目を見開き、瞠目する。
ようやくの核心。つまりはそう言う事であり、そうしてやはりアスにとってはそれだけの事だった。
「気付い・・・」
絶句する。と言う表現の見本の様にアズリテは言葉を詰まらせ、そして無意識にか見開く双眸に、後退る仕種をする。
表情にはあまり出てはいないが混乱しているのかもしれない。アズリテが今いる場所は庵の木造の戸の前であり、足を退いただけで直ぐに背中がその木戸へとぶつかってしまっているのだが、アズリテの足は敷石を蹴り、なおもアスから距離を取ろうと動いている様だった。
そんな様子を見ているアスは、自身の向ける言葉の先を少しだけ変えてみる事にした。
「訊いているし、視てもいる。片割れを矢面に晒して、守られて、自分は知らないふりか?藍晶の魔女」
アスは、アズリテがどうにか一歩分だけ退いた距離を表情に乏しく無感動に詰め、アズリテの瞳、その最奥へと問い掛けるのだ。
「・・・ない」
アスが藍晶の魔女と呼び掛けた事でアズリテの抱く焦燥感が高まり、一時的混乱を抜けたのだろう。その瞳に奮起する強い感情が浮かんだかと思えば、呻く様に何事かを呟き、ひたりとアスを見据えて来た。
「あの子に手は出させない」
繰り返され、今度ははっきりと告げられたその宣言。そうしてアスはやはり眇めた双眸からアズリテをその視線で射抜く事になるのだった。
ここではない場所。僅かに頤を上げ、仰ぐようにしてアスの見た何処か。
アスは、ただ問う。
「時間がないと行っていなかったか?」
「もう時間を稼ぐ必要はなくなりました、来ます」
アスが視線を戻す、その先にあるのは、アズリテの一転した泣き笑いの様な表情だった。
諦めから、それでも譲れないと決めてしまっているもの、アズリテのその双眸に浮かぶ強い意識の光が妙な胸騒ぎをアスへと齎していた。
そして、アスもまた気付いて、その瞬間にそれは起きた。
刹那の時折、強い魔力にも似た膨大な力の暴発をアスは思った。そして、空間そのものが軋む歪みと歪みによってもたらされる耳鳴りにも似た変位の悲鳴が全てを引き裂いて行くのだった。
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