上 下
103 / 214
【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

45 時の欠片

しおりを挟む

「うふふ」

 軽やかに笑うシャゲの声に、びくりと、目に見えてラズリテの身体が震えた。
 そして、アス達にも分かる程に場の気温が下がった様な気がして、アスはラズリテを愛おしげに見詰めるシャゲの赤い瞳に何か言い知れぬものを感じていた。

 満足に身動きの取れていないラズリテの、シャゲに掴まれたままの首にはどれ程の力が込められているのか。
 そう思い、そこでアスは気付いた。シャゲがたった一人、正確に目標を定めて纏い、放つ威圧に、そもそもが碌に動く事が出来ないのだろうと。
 ラズリテはその表情だけはこれ以上ない程に、けれど実際の動きは殆どないまま、視線だけを忙しなくさ迷わせて必死さを露としていた。

「長様?」
「程々でしたら、良いですよ」
「有り難うございます。では、お客様方、後程此度の不作法のお詫びに行かせて戴きますが、今は少しばかり場を辞させていただきます。善き滞在をお過ごし下さいませ」 

 許可を求め、それを許す短いやり取り。
 フェイが教育のし直しを頼んでおくと言った時に、カイヤも同意していたのだから、今更撤回がある筈もなかった。
 嫣然と微笑むシャゲが謝辞を告げ、アスへと下げる頭にラズリテを引き摺り踵を返した。

「シャゲ」

 そのまま霧へとまぎれ、去ろうとする、そんなシャゲの背中をアスは呼び止め、返した踵がもとに戻される間にアスは質問を投げ掛けてしまう。

「侍従殿は私を“魔法使い”と伝えたのか?」
「一部では公然の秘密とされているものではありますが、義母からは旅の導き手である賢者殿は“魔法使い”だと、そう聞いておりますよ」
「そうか」

 アスが“魔女”であるとの事は、勇者を始めとしたパーティの面々は勿論だが、聖女の属する教会や各国の上層、そして討伐で縁のあった軍部等には把握されていた。
 アス自身が自分から声高に宣言する事こそなかったが、聞かれてしまえば否定する事も、敢えて隠そうと動く事もなかったからだ。

 だが、災いを呼び、混沌を招き、魔物を操る事で、“魔王”の先駆けであるとすらされる事のある“魔女”と言う存在を、本来ならば勇者の旅の同道者として認める訳にはいかない。
 魔法使いと侍従殿が伝えたのならば、一種の配慮、或いはただの忖度だったのだろうアスは思った。
 アスが魔女と断定されて煩わされる事がない様にか、それとも勇者や聖女が魔女を仲間として扱っていた等と思われない為にか、その辺りかその両方か、そんな理解にアスが頷いて見せれば、それで会話の終わりが伝わったのだろう。完全に振り返りきる事もなく、通過させるだけの一瞬の流し目に、シャゲは向かおうとしていた方へと向き直り今度こそ歩き出した。

 因にだが、その際の、必死であり縋る様なラズリテの眼差しには、誰もが気付いていた筈だが、誰一人として目を合わせる事はなかった。
 侍従殿は、聖女以外の身内にはどうにも容赦がなかったのだ。勇者や剣聖殿、そこはアスを含めた三人ともに等しく、あの場合は身内だからこそと言うのもあったのかもしれないが、平等過ぎる程にも、とにかく遠慮がなかった。
 その義娘たるシャゲも間違いなくそうなのだろうと、アスが確信した瞬間だった。

「ふふ」

 視線はアス達の方にはなく、背中でシャゲが笑む。
 立ち込めている霧の為に、まだそこにいるのは分かるが、その姿は曖昧で、けれど艶やかな笑い声ははっきりとアスの耳に届いていた。

「いつかめぐりを経て、義母ははへと会うことがあったら自慢しようと思いました」
「自慢?」

 怪訝そうに、アスはその背中へと向けて首を傾げる。

「はい。名前を呼ぶ事を許されただけでなく、シャゲとわたくしを呼んで戴きましたもの」
「それは自慢になる様な事なのか?」
「ええ、勿論のこと」
「そうか」

 シャゲの背中とアスが交わし続ける言葉。
 どうしてだか、シャゲはアスを振り返る事がなく、良く分からないままにも、相手がそうだと言っているのだからそれで良いかと、アスはそのまま会話の終わりを思った。

「ですが、それでも貴女は、義母の最期を聞いては下さらないのですね」

 意識が逸れかけた時、それが、霧の中へと完全に姿を消す間際にアスへと届いたシャゲの言葉だった。

「・・・・・・」

 シャゲのいた場所をアスは眺め見ている。
 見詰めていると言うよりも、ただ緩やかに流れる霧の動きを景色の一部として、その場所があると言う様に、視界へと入るままを見ていた。

 凪いだ湖面へと、夕暮れ時の空の紫色を映した静かな色合いの瞳と、弛くも引き結ばれた口もと。アスのその顔には、それと分かる表情はなく、かと言って無表情とも違っている。
 何等かの感情は確かにそこにあり、けれど
それを読み取る事の出来る者がこの場にいない。それだけだった。

「アス?」

 フェイが探る様に声を発する。
 読み取る事が出来ないならば、聞いてしまえば良いと、大丈夫ですかと気遣う風でもなく、どうかしましたか?と雰囲気的にはそう言った感じだろうか。
 そう問うぐらいには、フェイはアスとの距離感の取り方を心得ていた。

「ん・・・いや、そうだな。そうか・・・・・・」

 曖昧な反応に、そうして何を思うのか、アスは薄い笑みの表情にシャゲのいた場所を眺めていた。

「最期、死んだのだな、侍従殿は・・・・・・」

 呟き、囁く様に、アスはそれだけを感情の抑揚を欠いた声音で言葉にした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

東方並行時空 〜Parallel Girls

獣野狐夜
ファンタジー
アナタは、“ドッペルゲンガー”を知っていますか? この世には、自分と全く同じ容姿の人間“ドッペルゲンガー”というものが存在するそう…。 そんな、自分と全く同じ容姿をしている人間に会ってみたい…そう思ってしまった少女達が、幻想入りする話。 〈当作品は、上海アリス幻樂団様の東方Projectシリーズ作品をモチーフとした二次創作作品です。〉

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...