102 / 214
【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
44 笑顔と感情の置き場所
しおりを挟む何の話だと問う事もなければ、誰との事だと疑問に思う事もない。
けれど、アスは少しだけ驚いていた。
アスと侍従殿との関係性は、勇者と聖女の旅の同行者。言ってしまえばその程度のものでしかなかった。
確かに旅の苦楽を共にしたパーティの一員としての繋がりはあるが、それでも、アスが思い出す限り、侍従殿が、呼び方、或いは呼ばれ方に何かを思っている風なところはなかったように思うのだ。
見遣るシャゲの様子。変わらず浮かべたままの微笑みは慈母の如き優しさがあり、けれど、今、その赤い瞳には確かな憂いが影を落としている。疑う訳ではなかったが、そんな表情にアスは侍従殿と呼んでいた相手を重ねて見てみた。
「最初は向こうも、魔法使い殿なんて呼んでいたな。いつの間にか・・・いや、聖女殿が拐われた一件ぐらいからか、アスと普通に呼んで来ていたか、シャゲもそれで良ければ?」
「はい、是非とも」
シャゲと何気無くアスが呼べば、少女の様に弾む声音が返され、浮かべられている笑みは、まさしく花の蕾が綻ぶかの如き様相へと変わっていた。
それは同性であるアスの目にも、とても美しい可憐な微笑みに映り、何故そんな嬉しそうなのだろうかと不思議に思いながらも、自然にアスもまた、シャゲへと笑みを返していた。
そして、そんなアスもまた整った顔立ちをしている。
はっきりとした目鼻立ちに、旅をしているとは思えない程、荒れる事を知らないかの様な肌理の細かい肌。今は少女の外見だが経て来た月日は本物であり、単純に可愛らしいと言うよりも何処か侵しがたい、そう言った雰囲気すらも纏っていた。
そんなアスの無表情ではないが、大半の者にとって変化に乏しく映る表情が、苦笑でもなくただ純粋なそれと分かる笑みを浮かべる。
すると、何が起こるかと言えば、見るもの全てを魅了するそんな存在が出現する事になるのだった。
魅入られ、顔を赤くする一同がいた。死んだ様だったラズリテまでも、シャゲに引き摺られる体勢のまま、赤くなった顔を押さえ隠しつつ、アスを見ていた。
「ん?」
「いえ、大変良いものを見せていただきましたと、うふふふ」
周囲の様子に気が付き、怪訝そうな表情を浮かべたアスへと、いち早く正気付いたシャゲが告げて笑む。
良く分からなかったが、アスは楽しそうならまあそれで良いかと一つ頷いた。
「それにしても、青の民は面白いな」
「面白い、ですか?」
アスの言葉に、微笑んだままシャゲが小首を傾げる。
「喜怒哀楽の表現が笑顔一択になるところ。面白いし、感心もしている」
「んん?」
アスが見る、下にいるシャゲとラズリテ、それから隣にいるカイヤの表情。
ここに来てから出会ったカイヤやラズリテ、それにシャゲ。アスと話す時に浮かべらている笑みは穏やかで、楽しげで、優しげと、基本は一様に笑っていた。
それは以前、この地を訪れた時もそうで、この集落では出会う人々、皆が皆雰囲気良く笑って迎えてくれていたのだった。
けれど、少し付き合いを深めれば直ぐに、笑顔が笑顔でない事があると気付くのだ。
「緑の民何かは取り敢えず笑っとけって感じで、多くの場面で笑顔を使用しているが結果的にちゃんと怒る時は怒るし、泣く事だって普通で、それが作った感情ではないとは言い難いところもあるが、まあ、表現は多彩だ」
誰からでもなく、その場にいた者の視線がフェイの方を向き、それぞれがそれぞれ頷くと言った反応を見せていた。
そして、視線を集めたフェイだけは、特に反応を返す事なく、最初から変わる事なく浮かべたままの穏やかな笑みのまま、アスの続ける言葉を待っている様だった。
アスがこの後に、何を言うか分かっていると言う様に。
「青の民は、笑みの圧やら、目の奥の光や何かで、その本当のところの感情を、伝えたい相手にだけ分かる様な器用な笑みを使うな」
素直な感心をアスはその言葉で伝えているのだが、その瞬間、青の民、三者三様の笑みが笑みの表情のまま固まった。
フェイがその反応に、満足そうに笑みを深めているのがアスには少し印象的で、青と緑の民が合わさるとこうなるのだろうなとそう思ったのだった。
顔は笑っているのに、感情を欠落させた目。或いは向けられる穏やかな笑みの中で、肌を刺す様な寒気を覚える時。牽制の様な圧。面白いとアスは単純に思っていたのだ。
「向けられている感情に鈍いと聞いていたのですが、これは少し認識を改める必要がありそうですね」
「察することが出来ても、理解しないのなら、鈍いのと同じなんですよ」
「うん?」
シャゲの小さく呟いた言葉をフェイが拾い淡々と告げるが、その間、やはり二人とも笑みの表情は変わらなかった。
そして、シャゲとフェイの間で成立していたそんな会話を、ある事に気を取られたアスがまともに聞く事はかった。
「それで、・・・最上級の戒厳体制っぽいが。どういう状態なんだ?」
「今頃聞くんだ、それ」
「住民の退避が終わっている辺り、想定外とかではないのだろうなとは思ったな」
ラズリテの、軽妙な笑みとともに向けられた呆れた様な呟きの声を聞き流し、アスは辺りへと満ちている霧へと意識を向けていた。
「“魔女”を招くんだから、これぐらい普通だと思わないの?」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。


隠された第四皇女
山田ランチ
ファンタジー
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる