月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

43 毒持つ花

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義娘むすめ、血の繋がりがない、と言う事は分かるが、因みにだった?」
「どちらとは?」
「ん、いや、侍従殿は男性だったし、自分では明言していなかったが、確かに人で、結局はどうなるのかと思ってな」

 言っている自分ですら要領を得ていない説明だと思い、話しているうちに、アスは自分が受けた自分で思っている以上の衝撃を自覚してしまい、内心で苦笑する。
 表情に出ない程の心の動きだったが、それでもやはり気になってしまう事がアスにはあったのだ。

 “侍従殿”と、アスがそう呼ぶはかつて、勇者と旅をしていた時のパーティメンバーの一人で、名前をリコリスと名乗っていた。
 名乗っていたと言う表現になってしまうのは、自身が、相手と状況に応じて、幾つかの名前を使い分けしていたのを知っている為だった。 

 侍従殿とアスが呼ぶように、初対面では自らを聖女であるガウリィルの侍従だと言い、事実、その様に旅の間のはちょっとした時にガウリィルの世話をやくように振る舞っていた。
 使命の旅と言う、決して優しくはない戦いの旅路。それまでの人生の大半を、教会と言う狭い世界で過ごしていた聖女と言えど、自分の事は自分で出来なくてはいけない。
 だから、ガウリィルも事あるごとに世話をやく必要はないと侍従殿に伝えていた様だが、その度に何だかんだと理由を付けていなされているのを、アスもまた見て来たのだ。

「まぁ、侍従と言うよりも普段は仲の良いに見えていたがな」

 思い出しながら、思わずと言う様にアスの口から溢れた言葉は小さ過ぎて、この場の誰の耳にも入る事はなかった。

義母ははは、わたくしにとっての師であり、また義父ちちでもありました。あの方は、おっしゃられる様に生涯を美しくありましたが、の方に全てを捧げていた為に、ついぞ婚姻はなさりませんでしたね」

 小川の細流せせらぎを思わせる涼やかな声音だったが、喋る言葉は抑揚に欠け、淡々とした語り口調だった。

 再度瞬かせてしまう双眸に、アスはウッドデッキの下から、自身を見上げてくる初老の女性の赤い瞳を見詰め返す。
 誰かに聞かせようと思っていた訳ではないがないが為に、誰にも聞こえていないと思っていた言葉へと返されて来たその内容。視界に入った先にある、目尻に出来た笑い皺が愛らしく、口もとに刻まれた穏やかな笑みでアスを見詰めて来る様子は、どうにも発せられた声音と一致しない。
 そう思いはするが、アスは浮かべる感嘆の笑みで可笑しそうに笑い、その瞬間に内心での納得をしてもいた。この人物がシャゲと、先程名前の出たその人なのだろうと。

 今のアスよりも数センチは低いであろう身長で微笑む、全く気付かない間に、そこに現れた老女の容姿は、その異常性に目を瞑れば可愛らしいおばあちゃんと言った感じだった。
 そして今、その初老の女性は自らの細腕に、猫の子の首根っこを掴んで持つ様にしてラズリテを下げている。

「初めまして、彼岸の花の名より、シャゲを名乗らせて戴いております。北への使命の旅を遂げし偉大なる魔法使い様」

 嫣然とした笑みを口もとに刷く、その一瞬に、かつてはそうだったのであろう妖艷なる美女の姿を幻視したアスはシャゲの笑みへと苦笑を返した。

曼珠沙華まんじゅしゃげ彼岸花リコリスの別の名前だったか」

 侍従殿の名前と、この老女の名前の繋がりに気付いたアスは、侍従殿が確かに義母ははであったのだろうなと、そう漠然と思った。

義娘むすめと認めて戴いた時に、シャゲ・ラジアータと名前を許して戴きました」
「リコリス・ラジアータだったな。そうか、本当に侍従殿の・・・、そうすると、そこで死んだ様な顔をしているのが?」

 アスが向ける視線の先にいるのは、先程までの好戦的とも言える雰囲気は何処へやら、瞳に虚無感すらも思わせる絶望の影を落とし、これ以上ない程に顔色を白くしたラズリテの存在だった。
 そう、蒼白ですらないのだ。
 アスが言った死んだ様にと言う言葉が誇張ではなく、本当に死人すらも想起させる白い顔色を晒し、ラズリテはシャゲに首根を掴まれている。
 身長差から、膝から下が地面に引き摺られる体勢なのだが、ラズリテは微塵も動く事はなく、されるがままといった状態でい続けているのだ。

「いえ、一応“技”は仕込んでいますが、今のところ、この子に毒花の名を継がせる予定はありませんわ」
「そうか。だが貴方もまた“母”なのだろう?」
「シャゲと宜しければ呼んで下さいな」

 突然とも言える申し出に、アスは首を傾げながら、目を瞬かせた。

「それから、名前を望んでも宜しいかしら?」
「うん?」

 益々意味が分からなかった。

「最初はそちらの方が良かったらしいのですが、途中から、そして最後まで、“侍従殿”でしかなく、名前を呼ばれないことが心残りだったようです。ですが、呼ばれる資格がないのだとも申しておりました」
「・・・・・・」


    
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