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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
42 返り討ち
しおりを挟む「藍晶の魔女に限らず、何かを確実に護りたいのなら、その存在を知っている者が少なければ少ない程に良い」
どんな存在であれ、知る者がいなければ、そもそも狙われ危険に晒される事もないのだから。
同意を求める訳でもなかったが、アスは告げる言葉にフェイを見遣り、促すように浮かべられた笑っていない穏やかな笑みで見返して来るフェイへとそのまま続きを口にする。
「魔女は存在へと課せられているものから、世界に在ると示す事を余儀なくされる事がある。だから、もしそうだと知ってしまった者がいるのなら、その存在を消してしまう事が手っ取り早い」
魔女がいると言う世界への恣意。けれど、その魔女が誰であるのか、何処にいるのか、意図せずとも知ってしまった者がいるなら、その存在は消してしまうべきなのだ。
乱暴だが、何よりも優先させるべきものとして決めてしまっているのなら、その手段はある意味確実で、理解も出来ると、アスはラズリテに代わりフェイへと話しながらも自身の考えへの納得に頷いて見せていた。
そんなアスの説明に何を思うのか、フェイは一際穏やかになった笑みをラズリテへと向け、そして小首を傾げる様にして口を開いた。
「アスは魔女です。それも藍晶の魔女の望んだ相手、貴方如きが手を下す事が出来るとでも?」
「ふん、出来る出来ないで言えば出来るよ。現にエルミスの妨害が入らなければ、あの時の刃は確実に届いていた」
表情と一致する穏やかな口調だが、挑発としか取れないフェイの言葉。
そんなフェイへと憮然とした笑みのラズリテが、受けて立つ様に鼻を鳴らしていた。
棒立ちのまま、成す術なく自身の命を確実に奪うであろう刃をアスはただ見ていた。
あの瞬間、アズリテの存在を通して助けに入ってくれた者がいなければ、アスは今ここにはいなかった。そう言う話なのだろう。
「驕らない事です。魔女に対しての事象は遍く全てが必定。貴方の刃はこの子に届かなかった。それが全てです」
笑みはそのままだった。口調こそ淡白で、なのにラズリテへと告げるフェイの言葉は厳かな宣下であるかの様に、確かな圧を以て霧に煙る一帯の空気を震わせる。
守られなければ死んでいた。ラズリテは守る存在がいたからアスは生きているだけと言い、自分なら何時でも殺せると暗に告げている。
けれど、結果的にあの時のアスを守った存在が在り、今は殺す必要もなくなっているのだから、無傷のアスは安穏とこの場にい続ける。
この在り方こそが魔女なのだとフェイは言う。
フェイの笑み、そして、ラズリテもまた上げる視線にフェイを捉えると、飄々とした笑みを浮かべ、・・・
「ほら、っ!!」
現れた時と同じようにラズリテの姿が霧の濃淡の中で揺らぎ、そう揺らいめいて見えていても、まだ確かに姿はそこにあった。
だと言うのに、その声はアスの直ぐそば、そして、その後のやり取りはアスの丁度真後ろにて決着がついていた。
「蜃気楼、地形に作用させる幻惑系の魔術。器用なのは音の反響にまで作用させて、声の発生箇所を誤魔化している辺りか」
「ですが、やはり、呼吸の消し方だとか、気配の誤魔化し方の方が秀逸ですよね」
僅かに上向ける首の角度で背後を振り仰ぐアスの視線が捉えたのは、アスの頸動脈辺りへと刃を滑らそうとした姿勢のまま硬直を余儀無くされているラズリテの姿だった。
あと一歩どころか、数ミリでも足を踏み出せば確実に喉を突き破られると言った体勢で、僅かの身動きも許されなくなっているラズリテが、呼吸を止めたまま眼球の動きだけで、何事も無かったかの様にアスの話しへと応じる傍らのフェイを見据えている。
「・・・もしかしなくても、誘われちゃった感じかあ」
フェイはラズリテの退く様にする動きを敢えて追わず、ラズリテはあーあ、とでも言う様に、落胆を言葉にしながら手にした薄い刃を消し去った。
ウッドデッキの下にいたラズリテも同時にその姿を霧へと溶けさせ、そうして観念したかの様に襲撃に失敗したその場へと胡座をかいて座り込む。
アス達の前へと姿を現し、謝罪に頭を下げたその時には既に魔術が発動していた。
濃い霧の不鮮明な視界を最大限に利用して、ラズリテはアス達へと自身の幻影を見せ続け、それが実態ではないと気付いていたフェイは挑発から、襲撃のタイミングをあの瞬間に誘導した。
「シャゲに教育のし直しを依頼しておいてあげましょう」
「は、」
「そうですね、今のはあまりにもお粗末でした」
「長、ちょ!?」
楽しげなフェイの言葉から、その顔を一変させた動揺の表情で見上げるラズリテ。そして、追い討ちで、長としての評価がカイヤから下された。
「シャゲ・・・」
「貴方の言う、侍従殿の義娘様で、ラズリテの義母君。弟子と孫弟子の関係でもあるようです」
「娘!孫!?・・・あの侍従殿の?」
瞬かせる双眸。美しくも麗しい、記憶にある、そんな“彼”の姿を脳裏に思い浮かべながら、アスは時の流れと言うものを思い、けれど、それ以上に首を傾げてしまっていた。
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