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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
40 まずは話しをしましょうか
しおりを挟む「それで、説明はして戴けるのですよね?」
フェイの向ける視線の先にはカイヤがいた。
「なんだ、フェイはそちら側ではなかったのか」
フェイが今も浮かべる柔らかな笑みと同じで、けれど、その実何を思っているのか窺う事すらも難しい笑みが、不動の構えを見せている。そんなカイヤの様子に、アスは早々にそちらへの会話の切り出しを諦めていて、だからこそ、おや?と思った事を契機に、フェイへと話しかけていた。
「心外です、とも言い難いところがあるのは確かですが、少なくとも貴方に思わず縋ってしまうぐらいには知りませんでしたよ」
「縋るか、言い得て妙だと思わなくもないが、ちゃんと正しく汲み取れていたと思うのだが、思い違いだったか?」
自身の確信と、相手の思考。
何についてを問い、何処に自分と他者の思惑の核心をおいているのか。
互いに互いが同じ見聞きのもとにいると、そう分かっているからこその会話だった。
あのやり取りの後、何事もなかったかの様に、けれど、取り立てて会話もなく、葦原の先にあった桟橋から小舟に乗り、川か湖の様な広い水面を渡った先にある集落へと辿り着いた。
満ちた深い霧の流れの中で、時に切れ目から覗く陽光。
煌々と、霧を構成する微細な水滴が光を反射して、世界そのものが淡く輝いているかの様な、そんな幻想的な光景の中を歩き、そうして案内されたのが、青の長であるカイヤの家だった。
「お茶が入りましたので、まずは落ち着いてはどうですか?」
板張りのウッドデッキへと直に座り、視界の効かない霧の光景を眺めるアスとフェイへ、自分は話題の蚊帳の外と言わんばかりに、お茶を勧めて来るカイヤを、アスは正直に感心した面持ちで見てしまった。
「あの時点でのあの場面、焦った私が貴方を呼んだ。その事については十分過ぎる程です」
本当に蚊帳の外にすると言う訳でもないだろうと思うのだが、アスと異なりフェイは声をかけてきたカイヤを見る事もなければ、かけられた声に応じる様子もなく、けれど、お茶だけはちゃんと受け取り、アスへとあの時の行動の評価を告げて来た。
「・・・制止を命じた側と、やり過ぎを止める為の忠告。あれが結果の分かれ目だったな」
「案じる意味合いも直前まではありました」
「どちらを?」
持ち手のない、湯呑みと言う茶器。
その磁器よりも肉厚で、何処か暖かみのある表面を手の平で握り込むようにして、じんわりと伝わってくる熱を心地よく感じながらアスは尋ねるが、フェイは浮かべる笑みのままにも答えを口にする事はなかった。
それは、あの時ラズリテがアスへの殺意を実行に移したその瞬間の話だった。
あの瞬間、カイヤがラズリテを“制止”の為に呼び、対して、フェイがアスを呼ぶ声には“忠告”程度の意味合いしかなかったのだと、今ならアスにもそれが分かった。
ラズリテの動きには間違いなく、躊躇い等なく、けれど、それでも、長直々の言葉によるほんの些細な逡巡を無意識下で抑え込む。そんな情動への濁りをアスは感じ取っていたのだ。
「動きの精彩を欠けば、届く刃も届きませんから」
「フェイはこの子を守ったのかと思いましたが、ラズを助けた訳ですか、良い子です」
仏頂面とはこう言う表情を言うのだろうと、アスはまじまじとフェイを見てしまった。
笑みの消えた、不機嫌さにやや膨れた様に見える、不平不満を隠しきれていない。そんなやや幼くも見えるフェイの表情が、褒める様に頭へと置かれたカイヤの手を受け入れていたのだ。
「・・・そちらから仕掛けたにしても、さすがに下の者が脅かされれば動くのだろう?」
意識的な瞬きをして、それからアスは見遣る、仲の良い伯父と姪との関係へと、確認と言うよりも核心を口にしていた。
ラズリテをアスが本気で対応しようとしたなら、庇護する“長”と言う立場の者として、間違いなくカイヤ自身が動くのだろうと、そうアスは告げたのだ。
「“魔女”に手を出すと言う、愚かさと禁忌の代償は命での贖い、確かにそうなのですが、あの子は侍従殿でもありますから、ここで失う訳にはいかないのも確かです」
「侍従殿が残した後継か、動きがそっくりではあったし、何より、守るべき者を決めたなら躊躇わない。あの思いきりの良さにはやはり感心しかないな」
他意なく、心の底からそう思っていると言うようにアスはカイヤへと笑って見せていた。
「今、二人には藍晶の魔女のもとへ行って貰っていますが、後程ちゃんと謝罪させますので」
アスが、ラズリテの暴挙としか言えない行動を心から気にしていないと分かったのか、カイヤは一瞬だけ目を見張り、けれど、直ぐに告げる言葉へと、アスへ頭を下げて来た。
「謝罪ならいらない。不用意な事を口走ったこちらにも責任はあるのだろうし、・・・まぁ過剰反応と思わなくはないからな、その謝罪は受け取っておく」
板張りの床に膝を付き、頭を下げるカイヤの様子をアスは興味薄に見遣り、一度はいらないと言った言葉を、受け取ると変えた。そうしないと、何時までもその格好でいそうな頑なさを感じ取った為だった。
そして、そんなアスの感覚は正しかったのだろう、受け取るとアスが告げて、そうしてようやく頭を上げたカイヤの表情には、収まりきらないやや強張った笑みがあったのだから。
「さて、話もついたようですし、いくつかの確認事項、答えて貰えますよね?」
「いや、謝罪はあくまでこの子へのもので・・・」
フェイの笑みの圧に、カイヤは言葉を途切れさせる。そうして、小さく吐かれる溜め息に、カイヤの陥落をフェイが知り、満足そうに一つ頷く様子をアスはただ可笑しそうに見ているのだった。
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