95 / 214
【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
37 霧の守り
しおりを挟む「天上の青を再現したいのですが、ようやくここまでの青を出す事が出来るようになりました」
冷静な印象を持っていたカイヤが、少しだけ誇らしげに言う様子を意外に思いながら、アスは別の意味で首を傾げていた。
「あれはもっと淡い青色で、灰色がかっているんじゃなかったか?」
思ったままを羽織へと向ける視線にアスが告げれば、何故かその瞬間に空気が遅滞した。
止まるまでではなく、酷く注意をひく。警戒の様子にも似た周囲のそんな空気に頓着する事なく、アスは触れる羽織の布地に首を傾げ続ける。
「天青石の色を出したいなら、藍銅鉱のアズールブルーでは強過ぎると思うぞ?」
何気無く告げたアスは、戻した顔の向きに、そこにあった存在へと思わず仰け反ってしまった。
「ご存知なのですか?」
「は?」
至近距離もいいとこである近過ぎる位置、それもかなり高い位置の目線で見下ろされる形とあいまり、アスは僅かに見張った双眸へと戦き、問い掛けを疑問で返してしまっていた。
「儀式用の魔法衣の裁縫技術は私たちの間にも継承されています。ですが使われる布地の素材も、染色の方法ですら大半が失伝してしまっているのです」
助け船なのか、落ち着いた声音で、アスへと羽織を着せてくれた、群青色の髪の少年が説明してくれたが釈然としないのはそのままだった。
「長はね、趣味で染め物をやっていて、伝承の中にしか残っていない天上の青を再現しようとしていたんだ、それでようやくこれだって思うものが出来そうだったんだけどね?」
もう一人の、束ねた青紫色の髪を右サイドに垂らした少年が引き継いだ説明に成る程と、アスは心の中だけで一つ頷き間近にあるカイヤの顔を窺い見た。
試行錯誤を重ねて、ようやくこれだと言うものを作り上げつつあったのに、それが否定された為の反応だったのだろう。
「入り江から出て来たのなら、集落中央の祭祀の祠だな。霧が、凄い・・・微かに魔法の残滓を感じるか」
それはそれとばかりに、アスはカイヤからの威圧にすらまごう眼差しを、気にする事なく見遣る周囲の光景へと呟いていた。
理由が知れてしまえば、流す事も容易いとばかりに。
深い霧により、アス達がたった今出て来た洞窟の入り口と、この場にいる互いの存在だけをようやく見る事の出来る程度の視界。
「千年程前に当時の青の長と緑の長が霧の魔法を刻み、大地の精霊との間で守護の約定としたのだと伝わっています」
「アズ?は詳しいのな」
カイヤが呼んでいた名前を思い浮かべながら、二分の一の確率を考え、アスはそう説明をしてくれた群青色の髪の少年へと声をかけた。
「私がアズリテ、あちらが兄のラズリテです」
アスの疑問形な呼び方からアズリテは察してくれたらしく、紹介と共に促され、青紫色の髪の少年であるラズリテへとアスが目を向ければ、愛想良く笑まれ軽く手まで降られてしまった。
「長みたいにラズって呼んでいいよ、魔女なおねーさん」
「私もアズで問題ありません魔女様」
「では私はアスと、どう言う形でか聞いているらしいが、外で魔女と呼ばれると色々と面倒でな」
「あー」
「失礼致しました。アス様」
苦笑しながらアスが自分の呼び方を指定すれば、得心したようなラズリテの声が上がり、同時にアズリテからは謝罪が述べられていた。
「様もいらない。ここの魔女殿とは違って、私はそんな敬称を付けられるような存在じゃないんでな」
「・・・分かりましたアス、これでよろしいでしょうか?」
開きかけ固まった口の形と、逡巡の感情を過らせて戸惑いを浮かべる目の動き。
そんなアズリテの目がカイヤを捉え、頷かれた事で心が決まったのだろう。丁寧な口調を、確認を取る言葉遣いに残しながらも、アズリテはアスに様付けする事を止めてくれるようだった。
「話しも纏まった様ですし、ひとまず私の家へご案内しましょう」
アズリテやラズリテとの会話の間にカイヤも冷静になったのだろう。
アスへと先程の質問が重ねられる事はなく、まずは落ち着いた場所へと移動しようと促して来る気遣いがあった。
かさりと、足裏で直に踏み締めた草地の感触に、アスはそう言えばと素足である自分の足を見る。
「癒しの入り江で治療を受ける際は履き物等は許さていませんので」
「承知している、靴だけでなく装束にも決まりがあって、だからこその小袖だったのだろう?」
目を向けるカイヤへとアスは頷いて見せて、問題ないと伝える。
「決まりと言いますか、制限ですね。あの場所で眠る方へとはらっていただく敬意。尊い眠りを妨げる事がないように、本来なら身一つで向かって頂く場所ですので」
「気になるのでしたら、ブーツは私が預かっていますよ」
「対岸に着いてからで良い」
亜空間収納に入れているのだろう、フェイが出しますかと言わんばかりに自分のウエストポーチへと伸ばした手をアスは止めていた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。


隠された第四皇女
山田ランチ
ファンタジー
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる