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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
36 青の巫
しおりを挟む「そう言えばこの服、儀式用の正装じゃなかったか?」
「巫覡の為の小袖ではありますね」
着慣れたチュニックとローブコートから着替えさせられていた自分の服装に、アスは身に纏っていた服装のゆったりとした袖口の広がりをしげしげと眺め見ていた。
巫覡とは、魔力が高く、世界との繋がりを強く持つ事の出来る巫や覡の事であり、人でないもののの聲を聞きその意思を受け取る事が出来き、更にその意思を人へと伝える事を役目とするそう言った者達の事だった。
青の民等は、人でないものとの繋がり方を識り、その役割を守り続けている。
そして、東方の少数民族が好んで着る着物と言う服装の一種である小袖を独自の裁縫技術で仕立てたものを、季節毎の催事で纏うのだとか。
そう、かつて訪れ時に耳にした話しを思い出せば、当時この小袖に似た装束を纏い、催事に挑んでいた人物の姿が、アスの脳裏へと思い浮かんで来ていた。
色が着いているかどうかと言う程の薄い青色の衿口は夜闇にその整った顔を一際映えさせ、神秘的なものへと見せていた。
身体の正面側から裾へと向かうにつれて徐々にその色彩は濃いものへと変わって行き、掲げる腕の動きへと引かれ、翻る裾は青藍色に染められていて、清流に跳ねる水の如き清廉さを醸し出す。
そして、踏み出す左足のラインに添う様にして反転し、背中側へと視線でなぞれば、左肩から紺碧色と白銀色の差し色が入る。
それらは空からの光に揺れる、水面の陰影を想起させる装いだとあの時のアスは見入っていたのだ。
「少し歩いて貰うことになりますが大丈夫そうですか?」
「問題ない、とは言い難いか、無理なら言う」
刹那の間、捕らわれかけた過去の幻影から、カイヤに確認される言葉でアスは正気付く。
そんな自身の事をおくびにも出す事なく、やや倦怠感の残る身体の調子と、強張っている筋の感覚を確かめる様にしながら、アスは大丈夫だろう断言しないままにも、そう答えていた。
「いくら治癒効果の高い場所だと言っても、半月程眠っていた様なものですから、無理をさせるのはこちらも本意ではありませんし、この子が連れて一緒に外まで飛べれば良かったのですが・・・」
「無理です」
窺うようなカイヤの言葉に、微笑むフェイは即答だった。
アスはその返しを承知していたし、カイヤも言ってみただけだったのだろう、そのままそれ以上を追及する事はないようだった。
「ゆっくり行きます。一応の明かりは確保されていますが、十分ではありません。足もとに注意して下さい」
確認の為にか、もう一度アスを見るカイヤへと、大丈夫だと言う意味合いでアスは軽く頷き返す。
そうして、カイヤを先頭に、淡い光を放つ鉱石や苔が点在して生えた緩い勾配を登って行った。
ひたひたと、素足が滑らかな地面を歩く音をコツコツとささやかなブーツの足音が挟む。
特に会話もなかったが、その沈黙を苦に思う者はここにはおらず、むしろアスに至ってはその静けさこそが心地好いと、淡く笑みを浮かべていた。
「長」
「カイヤ様」
落ち着いた口調と、弾む響きに喜色を隠さない対称的な二つの声音。その両方が、声変わり前の少年特有の、響きに高さを残した澄んだ声をしていた。
先頭を歩くカイヤの姿に気付いたのだろう。気にならないぐらいの緩やかな勾配から、やや傾斜の厳しい登り坂に差し掛かりつつあった道行きの終わりに、外の明るさを背景とした、二人の少年がカイヤを出迎えてくれていた。
「アズ、ラズご苦労様です」
「「はい!」」
開けた視界に満ちた日射しの明るさにか、カイヤの目を細めていた表情には柔和な笑みが浮かび、二人へと向けた労いの言葉が述べられる。
並んで立ち、敬礼でもしそうだった少年等の面持ちは、その言葉と、見上げるカイヤの表情に僅かな緊張感すらも消し去る明らかな歓喜を弾けさせ、それを見ただけで、アスはカイヤのここでの立場が分かる様な気がした。
「慕われてるだけじゃなく、ちゃんと敬われてもいるんだな」
「そうですね、前任の奔放さも笑って受け入れていた者達ですし、上手くやっているのだと思います」
「今代は見るからに真面目そうだし、安心しているんじゃないか?」
カイヤが二人の少年達から何事かの報告を受けている傍らで、アスはフェイとそんな会話をしていた。
先代であるシアンが、装備らしい装備もなく、巨大な鰻目掛けて泳いでいっても、大半の民が心配するどころか、またかと笑って観戦するぐらいだったのだ。今代の、好戦的とは程遠く理知的ですらある雰囲気を見るに、かなり安心できるのではないかと思われた。
「寒くはないでしょうが、羽織をどうぞ」
「ああ、すまない」
アスの背後に回わる少年の一人が、その背中を覆うようにして、膝下まで丈のある長羽織を差し出して来た。
少年と言ってもアスより高い身長に、見た目の年頃はアスの外見と同年代程度で十五、六と言ったところだろうか。
着せられるままに、けれど袖は通さず、肩に掛ける様にして差し出された羽織を着込めば、隔てられた外気との関係もあってか、アスはほっと一息をついていた。
「薄い色から濃い色、濃い色から薄い色。ぼかして染めた藍色に輝睡蓮の淡い色合いが映えますね」
「この間、完成したなかなかの自信作だからね、この子を見たとき、是非ともと思ったんだ」
ん?とアスは聞いたフェイとカイヤの言葉に目を瞬かせ、纏った羽織とカイヤの存在の両方へと交互に視線を向けていた。
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