月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

文字の大きさ
上 下
91 / 214
【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

33 カイヤ・ヴィリロス

しおりを挟む

 揺蕩う水の微かな動きよって、青みを帯びた白銀の髪が広がっていた。
 濡れる事で青みを強くするのではなく、色を失いより透明感を帯て光輝を纏う髪色。水面の下で瞼を落としたまま、普段よりも血の気を失っている顔色が、未だ回復の兆しの見えない状態を思わせている。
 そんな状況が状況であっても、あるいはそんな情景だからこそか、死の境に踏み出しかねない在り様が幻想的な神々しさを思わせるその姿に見え、言葉を失い見入る者が殆どだとすら思わせていた。

「なにを考えていますか。翠翼すいよくの魔女?」

 かけられるその声は、様子を見続けているフェイの顔に、普段から浮かべ続けている笑みこそあるものの、その双方には柔らかな色合いどころか、他のどんな感情の一欠片すらも浮かんではいない事に気付いている為だろう。

「・・・いつまで、ここで足止めされていればいいのかと」

 睥睨するかのように見下ろす視線から、フェイは話し掛けて来た人物へと緩やかに眼差しと意識を向け、その間に感情へと区切りをつけたのかそう呟くようにして告げた。

「取り繕う、余裕がないのなら、」

 意識から外した訳ではなかった筈で、なのに、フェイが視界から外した、その数瞬の間に何かがあったらしい。
 
 弾かれた様に、フェイは水面の下にいる少女へと視線を戻していた。

「浮かべる笑みは、虚勢ですらないよ」

 一つづつの文節を、発音か言葉遣いでも確認するかの様に言葉は続く。けれどその内容自体は何でもないかの様に、フェイには響いていた。



※ ※ ※

「ん、うん?」

 緩慢な瞬きの間にアスの上げた曖昧な声。アスはその僅かな時間で、現状の把握に全力で努めていた。

 何処からか流れ落ちる静かな水音を聞きながら、佇むアスは目にかかる様にして落ちた前髪を鬱陶しげにかき揚げて流す。
 そうして遮る物のなくなった視界に、アスと向かい合うようにして佇むフェイの姿が入り込んだ。
 あまり覚えてはいないが、朦朧とした意識にもフェイの声が聞こえていた様な気がしていたので、そこにいる事に問題はないなと、アスは一つ納得する様に頷く。
 そして、その次に、この場にいるアスとフェイ以外の人物、フェイの右後方でやや距離を取った場所に佇んでいる存在へとアスは目を向ける。
 身体のラインを隠す様な、ゆったりとした青紫色の長衣を纏う、白皙の端正な顔立ちをした男性がそこにはいた。
 フェイもなかなかの長身であり、アスが近くで会話をしようとすると見上げる形になるのだが、その男性はそんなフェイよりも更に頭半分ほど高い位置に顔があり、距離を詰められれば確実に首が痛くなるだろうなと、アスがまず思ったのはそれだった。

 アスがそんな事を思っているとは分からない筈だが、アスの意識が自分に向いていた事は分かったのだろう、その長身の男性は落ち着いた仕種でアスへと歩み寄って来る。
 自然な所作でフェイを避け、長衣の裾を波打つ様に揺らしながらもアスの正面に来ると、近過ぎない位置で歩みは止められた。
 案の定と言うべきか見上げる体勢となりつつあるアスの様子に、だが、あろう事か、その男性は身を屈めるどころか膝をつき、アスと目線の位置を合わせて来た。

藍晶らんしょうの魔女が使い、カイヤ・ヴィリロスと申します」

 膝を着いた事で、カイヤと名乗ったその男性の癖のない暗い青色の髪の先が地面へと着いていた。
 自身の胸へとあてる右手に、アスと合わせた青緑色の瞳から、柔らかな声音で送られる挨拶。
 身を屈めるだけではなく、膝を地面へと着く、そんな仕種に卑屈さや嫌味はないが、丁寧に対応してくれるにしても程があるだろうと、アスはやや面食らいながらも浮かんでしまう苦笑を抑える事はなかった。

カエルレウスの長か、藍珠らんじゅの守り・・・・・・ここは、青の洞か?」

 名乗られた事で気付き、重い至る。そうしてアスは視線だけで周囲の様子を窺っていた。

「ヴィリロスは海の様な青碧色の石を意味する古い言葉だ。輝石の藍玉アクアマリンの事で、カエルレウスの民の長が代々継ぐだったな」
「おっしゃる通りです。先代シアンから守りの役目を引き継ぎ、百年にも満たない若輩ですがね」
「成る程。シアンとは面識がある。元気にしているか?」

 そう聞いておいて、けれど、この質問はないなとアスは思った。何しろ、フェイは言っていたのだ、あれから二百年以上経っているのだと。
 アスがシアンと言う人物と最後に会ったのは、災禍の顕主の討伐へと向けた勇者との旅の最中の事だった。
 当時五十歳前後の外見をしていた筈だが、そこから考えても只人が生き長らえていられる年月では有り得ないのだ。

「残念ながら・・・」
「そうか」

 カイヤの口から予想していた言葉が発せられるのを適当な言葉でアスは遮る。だが、遮った筈の言葉は、アスの想定外の方向へと向かうべく続いていた。

「湯治に行ってくると、東の諸島群で、温泉巡りを満喫しているようなので、元気すぎる程かと思います」
「羨ましい!じゃなかった生きているのか?」

 思わずと言った様に飛び出すアスの本音と、まさかと言う驚愕。
 アスは唖然とカイヤを見返してしまっていた。

「保有魔力が多いと、肉体の老化が緩やかになるのですが、聞いた事、ありませんでしたか?」
「いや、知っている。知っているが、それでも二百年以上前のあの時ですら、それなりの年齢じゃなかったか?」

 寄せる眉根にアスは記憶を辿る。
 魔女と言う異端の存在は、また別の話としておいておいて、他の様々な生き物達の有り様においても高い魔力を保持する生き物は総じて長い時を生きる傾向にある。
 そんな傾向にあったとしても、シアンと言う人物は当時ですら、既に二百歳を越えていたらしいのだ。そうなると現在は四百歳か、もしかしたら五百歳を越えている可能性もある。
 一般的な寿命の倍をゆうに越えてきている状態であり、いくら高魔力保持者でも難しいのではないかと思わずにはいられなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

処理中です...