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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
31 終息
しおりを挟む「アスティエラだ」
黙ったまま、けれど油断なくアキを見ていたルキフェルは唐突に口を開くと、そう告げた。
急にどうしたのかと目を向けるフェイと、何処か面白そうにルキフェルを見るアキの様子。
何がどうルキフェルへと触れたのか分からないが、ルキフェルは譲れないとばかりの強い眼差しでアキと名乗る存在を見ていた。
「抜けないなまくらを手にしていたわりに威勢だけはイイのな、で、なんなんだお前?」
挑発的なアキの小首を傾げる仕種。容姿はアスの為に可愛いと映るが、その口もとに浮かぶ不敵な笑みが何か色々と台無しにしていた。
その問いにルキフェルは何かを答えようと口を開きかけ、けれど、そもそも問いはしたがアキにルキフェルに対する興味がなかったのだろう。
「コレに、“星”を名乗らせたか、馬鹿だな」
一転してルキフェルの言葉を遮る不機嫌そうな声と、密やかだが吐き捨てるかのような言葉。
そのアキの言葉が何を意味していたのか、アキはそれ以上の何かを告げる事もなく、カイへと向き直ってしまっていた。
「随分、ニーズヘッグの毒が回っている感じか。繋がりとしての結びを失っても加護は残っている、と。あとは、こっちが持つかどうかだが、まあ、その為に呼ばれたんだ、覚悟の上だろうな」
何かを言いかけたまま、何も言えなかったルキフェルと、アキの言葉を聞き逃さないように耳を傾けて、思考を巡らせ続けているフェイ。
そして、その二人へと背を向けたまま、アキは行動を始めた。
「耐えろよ、月代の」
かける言葉。そしてアキは、押し付けるように自身の右手をカイの裂傷へと当てた。
びくりとカイの大きな身体が痙攣する。
ーー咆哮が響き渡った。
その瞬間、アキの全身を揺らめく赤い光が覆っていた。
荒々しく跳ねる髪と、着込んだローブコートの縁。
振り払い遠ざける為、跳ねる様にカイの前足は振り上げられるが、アキは小柄な身体を生かし、当てた手はそのままに、その大きな体躯の真下へと素早く逃れていた。
カイが前足を振り上げた瞬間、咄嗟に動こうとしたルキフェルの行動は、フェイにより地面と水平に上げられた左手の動きだけで制されている。
何だと苛立たしげに思ったのは一瞬だった。アキのいる場所の景色が揺らめいている現象にルキフェルもまた気が付いたからだった。
それは錯覚等ではなく、アキのその身が帯びた赤い光が、空気を歪めてしまう程の高温を帯びている為だとルキフェルにもまた分かったのだ。
「丁度良く、こっちも怪我してたしな。媒介には困らない・・・鮮血の巡り、添いて焼け」
呟きから、不敵に嗤う口の形が弧を描く。そうして、アキは冷厳とした声音で後半の言葉を発した。
フェイやルキフェルも感じていた、汗が流れる程の熱さがその瞬間に失われる。けれど、その変化は二人だけのものだったらしい。
カイの咆哮が再び迸り、その体躯が堪えられないとばかりに横倒しになった。
「耐えろ。愛し子を傷付けたくないならな」
その言葉で、暴れ狂おうとしていたカイの足の動きがぴたりと止まり、一瞬だけその双方に常緑の智彗の光が宿ったのをルキフェルは見ていた。
閉ざされる目にそれはほんの短い時間の事。けれどカイはそれ以上、激しく動く事はなかった。
「良い子だ、そのまま耐えきれよ」
きらきらと、アキにより纏われる赤い光の中で染紅色の微細な箔が激しく舞っていた。
光が徐々に色を失い、それは炎が赤から黄色、それから白へ、そして澄んだ青色へと変化して行く様を見ているようだった。
「色温度。炎は赤よりも青い色の方がずっと温度が高いようです」
「何をしているんだ」
「分かりませんが、血を焼いて、ニーズヘッグの毒を消しているのでしょうね」
分からないと言いながらも、それは確信が持てないと言う段階でしかないのだろう。フェイはそう自身の推測を述べていた。
揺らめく青白い光をアキは纏い、それがどれ程続いたのか。
誰も何も言う事のない静寂の中で、カイの押し殺された苦鳴すらもが不意に途切れた。
「あーあ」
何かを諦めたようなアキの声。そのまま傾ぐ小柄な身体が、受け身もないまま地面へと倒れていった。
弾かれたようにルキフェルは駆け寄り、今度こそ、その行動がフェイに止められる事はなかった。
「翼飛、コレを死なせるな」
されるがままといった状態でルキフェルへと抱えられ、その眼差しだけをフェイへと向けるアキはそう告げて来た。
翼風ではなく、翼飛と呼ぶ名前と共に。
「月代のはコレとの繋がりを失う。それは、コレを繋ぎ止めるものが一つ減ると言うコトでもある」
「私に何かを望むのなら、対価を要求しますが?」
「まだ女々しく望みを持ち続けているのなら、コレの誓約を辿れ・・・だが、あと幾つ残っているんだろう、な・・・」
眠たげに、力なく、そうしてアキは目を閉じてしまった。
「カイは、気絶している感じではありますが、たぶん大丈夫でしょう」
触れるカイの首筋に、一応の脈動を感じ取ったらしいフェイは告げる。
そうして、ルキフェルに抱き止められたまま、ぴくりとも動く事のない、アキではなくなっているであろう存在の様子を窺っているようだった。
「アスですよ、その子は。どう言う状態であるのかは分からないですけれどね」
アスの肩口へと額を着けんばかりに俯くルキフェルへと、フェイはそれだけを告げて来るのだった。
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