月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

文字の大きさ
上 下
83 / 214
【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

25 考察中

しおりを挟む

 余りに鋭利な刃物に切りつけられた時、人の身体は切られた言う事実を認識出来ない事がある。
 今がその事例に該当していた筈だった。

 常人ならば、決して何があったのか分からないであろう一瞬刹那の出来事。けれど幸か不幸かアスは常人の枠からは逸脱してしまっていて、その瞬間を認識していた。
 感触何てものはないに等しく、だからこそ、自身の認識との差異にアスには混乱よりも不快感があった。
 切られたと、アスは寄せる眉根に一瞬だけ顔を顰め、けれど身体の反応が追い付いていない為に、そこでは何も起きていないかのように見える。
 そもそも、カイの角が直接的に触れたわけではないので、端から見ている者達からすれは、何事も起きていないかのようにしか認識出来ない。
 
 けれど、やはりアスが認識していたままに、切られたと言う事実がなくなる筈はなく、カイが首を動かしきったそのほんの僅かな時間差を以て、アスの身体へと事象が追い付いた。
 
 差し入れた右手の手の甲から肘の辺りまで、結構な範囲に渡って赤い筋が一直線に入る。着込んでいたローブコートやその下のチュニックの生地なども言わずもがなだ。
 繕えるだろうかと、そんな事を切断された生地が翻る様子に思い、そして、引かれた線が滲んだと思った瞬間に吹き出す鮮血。そのどうしようもない程の赤い色合いに血の染み抜きもしないといけないと、アスはそんな事を思っていた。
 けれど、そんな思考をしている場合でもなかった。



 張り上げた訳でもない、いっそ普通過ぎる声音だった。
 アスはただ一言、平淡な声音でそう制止を告げる。
 アスが傷を負ったその瞬間に、二つの殺気と言うべきものが一気に膨れ上がったのだ。
 肌が粟立ち、触れれば切れると思わせる程の、その一瞬触発となった空気が飽和を迎える前にアスは一言だけ釘を刺した。
 そして、それだけで、張り詰めた空気が弛緩する。

「怪我をしたのは私なのに、何故お前達の方がダメージを受けたみたいになっているんだ?」

 緊張の糸は弛緩こそしたが、途切れた訳ではなかった。
 呆れたようにアスが告げてやれば、一応は放つ殺意を収めながらも警戒を解かないルキフェルと、眇めた双眸の鋭さをそのまま、その視線をルキフェルへと向けているカイがいる。

「愛されているんじゃないですか?」
「・・・ぃ?」

 怪訝そうな表情そのままに、胡乱げな声の欠片だけが零れ出る。口の形だけでアスは愛と反駁し、けれど、意味が分からずちゃんとした声にはなっていなかった。

「貴方を傷つけた相手と、傷付けさせた相手ですからね、お互いがお互いを敵とするには十分なんでしょう」
「これくらい、割り込んで回避し損ねたのは私自身だし、そもそもかなり綺麗な切り口だから直ぐにふさがる。痕も残らないだろう」
「治るのは当然ですけど、そう言う問題ではないんですよ。彼等にとっては」

 カイかルキフェルか、アスか、それとも三人ともにか、それは誰に対する感情か、フェイは告げる言葉に、その表情へと苦笑を浮かべ、肩を竦めて見せていた。

「傷の回復なら、時間と、この場所での恩恵を最大限に生かせば私でも完治まで持って行けると思いますが?」
「治せないんじゃない、治さないんだろうな」
「いえ、あちらではなく、貴方の・・・・・・」

 カイの怪我に対してではなく、アスがたった今負った傷についてだとフェイは言いかけたようだったが、アスのカイを見る眼差しに、諦めてその口を閉ざした。
 フェイの話しを聞いていない訳ではなかったが、自分でどうにか出来る範囲はしているし、後回しで良いとアスは考えていたのだ。
 自然治癒に任せてしまえば、既にアス自身の意識に自分の事等、些末時で良かった。

「一応治癒力を高めて出血を抑えているようですが、範囲がそれなりですし、その体格ですと、動けなくなりますよ?」

 一応と忠告を告げながらも、自分の亜空間収納のポーチから取り出した布を断りなくフェイは当てて来る。
 されるがままに任せ、アスは睨みあいながらもそれ以上動こうとしないカイを見ていた。

「何故?カイは何処に行っていた?は関係があるのかどうか、今はわりと意識がはっきりしている感じだが、さっきまでは、保てていなかったのか、いや、明け渡しかけていた?」

 思い付いていたものを呟き、思い付いたままを続けて並べて行く。
 ごたつきながらも関係のないやり取りを挟む事でアスは少しだけ冷静さを取り戻し、フェイの何でも良いから考えている事を口に出せと言う提案を実行しているのだ。
 言葉にしてみる事で現状を段階的に捉え直し、発して並べた事で、客観性を得る。そうして、聞いているフェイが共有してくれた事で、他所からの視点と、フェイが持っている情報との照らし合わせが成されていた。

えないのですか?」
「ん」
「使っていますよね?解析系の魔法」

 何気なくも断定に近くフェイは告げる。

「隠していないし、隠せるとも思っていないから普通に聞いてくれ」
「性分ですから、これが普通だと思って下さい」

 飄々とフェイが笑っていた。
 会話の緩急と、唐突なもの言いで、相手の反応を引き出す。分かっていても、探られているなと微妙な気持ちになるのは確かだった。

「因みに、魔法じゃなくてな」
「魔術ですか?」
「併用って形で組んでいるが、主軸は術式の方だ。魔法だと、警戒しているカイの防護を破れないから、術式の方で侵食をかけている」
「魔術、魔女である貴方がわざわざ・・・いえ、目に影響が出ていないのなら、かなりの熟練具合ですね」
「魔術師だからな、私は」
「は?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

処理中です...