月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

23 危急

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「カイ・・・?」

 外に出て、頭上近くで燦々と輝く太陽を眩しげに見上げていたアスは不意に呟いた。

「どうかしましたか?」
「・・・・・・」

 尋ねるが、答えがない事に怪訝そうにアスの顔を見たフェイは、次の言葉を発する為に開きかけていた口をそのまま噤んだ。
 無表情に近く、ここではない何処かを見る眼差しと引き結ばれた口の形。
 そんなアスの表情から、何かがあったのだと察した為だった。

ー・・・ティンー

 弦を弾く様な、あるいは張った弦が切れた時の様なそんな音が、静寂に沈んだ森の空気を震わせる。
 刹那、弾かれた様にアスは走り出していた。

 平らな場所等ないと言っても良い道なき道。繁った葉は視界を塞ぎ、突き出た枝が進路を遮る。
 けれど、アスはその全てをないもののように、一気に駆ける速度を上げ、何の障害物もない平地を全力疾走でもしているかのように走り続けていた。

「翼を貸しましょうか?」

 落ち着いた声音は今この時に限っては異常だった。
 何せ、フェイはアスと並走するように駆けているのだ、呼吸が乱れていない事も大概だが、口調が足場の悪い森の中を駆けると言う挙動の振動を全く伝えてないなど本来ならありえない。

「制約の一端を知っている。だから、私が使う」

 アスもまた、フェイと同じく落ち着いて会話をしている時のそのままに揺らぎなく言葉を伝える。

「手を」

 アスが求め、フェイが応える。
 フェイが差し出す手を、まるでエスコートでもするかのようにアスが取る。

いだく 貴方の意思を乞うー

 アスは歌うような響きで、抑揚のつけた言葉を綴る。

ー追い行く唄に 重ねし響きを貴方に委ねるー

 フェイもまた、音を連ねる様にその言葉を紡ぐ。

ー略式ー
alaアーラ duxドゥクス ventusウィントゥス

 アーラ導くドゥクス、そしてウィントゥス。力持つ言葉の単語だけを連ねた魔法の断片。
 略式と付けたように、それは正式な魔法の行使から外れた、ある意味かなり力業な行いだった。

 魔女の魔法は本来、時期を見計らい、際具を揃え儀式の場を設けて行使されるべきものなのだ。だが、以前の三重魔法の時と同じく、今回もアスは整えなければならないその殆どを省き、事象へと臨んでいた。

「無理を通すだけの高い魔力と感性センス、経験もあるのでしょうが、無茶をし過ぎると“因果”に触れますよ?」

 呆れたように、けれどフェイの告げるそれは紛れもない忠告だった。
 すべき事をせず、結果を求めるのだから何処かで歪みが生じる。それを力任せにどうにかしているのだから、破綻するのは当たり前なのだ。

「準備を楽しむのも結構好きなんだがな、余裕がないんだ」

 微かな笑みには何処か無理矢理感を隠せてはおらず、アスの余裕がないとのその言葉を裏付けている様だった。
 視界が色を失い、そこにあるものとの境界を曖昧にする。
 どんと、アスは自分の腰に衝撃を感じて、そう言えばと、ある事に思い至って苦笑を浮かべた。
 フェイと重た手とは逆の手で、腰にある感触へと触れる。

 その瞬間、背中を強く押す様な突風を感じ、アスは大きく広げられた、風を受ける翡翠色の翼を翔る風の中に見た様な気がした。

 破綻とは、“世界”に許される範囲の埒外と言う事。つまりは“因果”に触れ兼ねないとのフェイからの警告。
 けれど、今回はまだ大丈夫そうだと、景色が変わるその間の刹那のやり取りの間にアスはそう判断していた。



※ ※ ※

 アスは足が地面を踏む感触を強く意識した。
 草や木々、森の中にあって当たり前のそれらの香りを、より一層強く感じ、開けた視界を認識するやいなや、アスは弾かれた様に再び駆け出した。
 いや、実際には駆け出そうとしたとの表現になってしまっていた。
 アスの十五、六歳程度の小柄な少女の体躯では、を引き摺るのも、力任せに振り切る事も出来なかったのだ。

「・・・・・・」

 言葉はなく、何かを気にする事もなく、ぺいっと無情な擬音が付きそうな挙動で、アスはを自身から引き剥がすと、今度こそ走り出していた。
 そして、である、ルキフェルはその場に膝を付いたまま、走り去って行くアスの背中を呆然と見詰め、ぺいとやられた自身の手を、宛もなくさ迷わせていた。

「あの瞬間、咄嗟に判断して動けたと言うのは賞賛に値しますが、年下の、それも女の子の腰に抱きつくとか、有り得ませんね。近付かないでもらえますか?」

 自身へと向けられる温度のない眼差しと、容赦のない冷淡な言葉にルキフェルは瞬時に正気へと返った。

「あ、いや、違う!違わないが違う!置いていかれると、あの日みたいに間違って、失ってしまうと思って、咄嗟に・・・すまない」

 言い訳に言葉を重ね様とすればする程、言い訳のしようがなくなっている事に気が付いたのか、ルキフェルの力を失って行く言葉の先に沈黙し、力ないままの謝罪が続いた。

「私に謝罪されても仕方がないですし、あちらはそもそも気にもしていなさそうでしたね」

 事実のみを告げるフェイの言葉は正しいだけにルキフェルへと突き刺さる。そしてフェイによる、何もない場所を掴んでぺいっとやる、つい先程見たばかりの仕種の再現に、ルキフェルは改めて、ガックリと肩を落としているのだった。
  
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