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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
21 契約を望む
しおりを挟むアスとフェイは同時に振り返る。
その視線の先には、右手の手の平全体を使って、未だ顔を抑えるルキフェルの姿があった。
「はは、くく」
楽しげに、邪気なく喉を鳴らす。その笑い声は確かにルキフェルから発せられていて、間違いなく笑みの形に歪められた口もとの形に、堪えられないと言う様にルキフェルは喉を振るわせ続けていた。
「何か楽しそうに見えますね」
「受け入れられなくて壊れたって感じじゃないな」
一応は一致しているフェイとアスの見立てと感想に、けれど、だからどうしたと言った具合であり、どうしたものかと視線だけで二人は意思を交わす。
(話しを持ち出した責任を取って下さい)
(いや、ここはコミュニケーション能力の高いフェイが声をかける方が刺激を与えないだろう?)
(イヤです)
(嫌って、あ、じゃあ楽しそうだし話し掛ける事で水を差すのもあれだって事で)
そんな短いが無言のやり取りをした後、すっとアスは視線をフェイから逸らし、笑うルキフェルの存在を視界の端で掠めさせ、意識を不自然にならない程度に離して行こうとした。
ルキフェルは何気に視線の持つ意味に敏感で、こう言う時にまともに視線を向ければ間違いなく注意を引いてしまう為に、アスはルキフェルの存在を視界の端を通過させるのに留めたのだった。
そのまま刺激を与えないようにと後退り、距離を取ろうと動く。
「アスティエラ」
「・・・何だ?」
アスではなく、アスティエラとルキフェルが呼ぶ。
その唐突に笑みの響きを失った声音と、抑揚を欠いた口調に、アスは自分の表情が引き攣るのを感じて、それでも退く動きを止め、そして、一瞬遅れた返事にも答えを返してルキフェルを見た。
「契約をしたい」
「・・・・・・」
酷く真剣な表情でそう申し出るルキフェルには、冗談の確認を返す事すら躊躇わせるものがあった。
無言のまま、僅かに見開く双眸でルキフェルを見るフェイの様子から、フェイの隠しきれていない驚きの感情を感じ、アスは珍しいなとそんな事を思っていたし、同時にやはりルキフェルの言葉を自分が聞き間違えている訳でもなければ、ルキフェルが冗談を言い出した訳でもないのだとそう結論が出てしまった。
「・・・ふぅん?」
窺うように、試すように、気が付いた時にはアスはそんな鼻に響かせる様な声を発していた。
「何を望み、何を差し出す?」
「受けるのですか?!」
端的にアスが問えば、驚いた様にフェイは声を上げ、アスの存在を凝視する眼差しを向ける。
けれど、アスはその一切を無視した。言葉を返すどころか、フェイへと目を向ける事もなかった。
「真実を知りたい」
「漠然とし過ぎだ、何についての真実で、誰についての事実であるのかを最低限決めるべきだな」
ルキフェルにより告げられた望みに、アスは肩を竦めて助言とも言うべきもので答えた。
「人の築く社会での合意、公的に共有出来る事実。嘘や偽りを除いたものの中に残るもの」
「僕・・・いや、俺はな、一人で旅をしたんだ」
突然の宣言だった。
“真実”と言うものについてアスが思うままに説明を加えると、口を開くルキフェルが、自分で“僕”と表した自身を示す一人称へと眉根を寄せ、直ぐに、今まで使っていた“私”ですらもなく“俺”と続け、そんな事を告げたのだ。
「リィルたちと別れることで勇者であることを放棄して、だいたい二年ぐらいだったか。俺はいろんなところにいって、いろいろなものを見たり聞いたりしていた」
「まだ平和とは言い難かったろうが、それでも、自分が救った世界を満喫できた訳だ」
「平和か、魔物は確かに目に見えて減っていたが、あの旅で、“勇者”として見ていたであろうものが、見せられていた世界の側面でしかなかったって分かった」
「側面であって、一面でしかなかったかもしれないが、それでも“嘘”ではなかっただろ?」
何故か憮然とした表情で自身の旅路を告げるルキフェルへと、アスは可笑しそうにも首を傾げて見せた。
誰かの真実と言うものが、自分自身の唯一であると言う事はない。個人の認識や私的な主観等で、場合によっては容易く嘘にすらなる。
だからこそアスには、ルキフェルの望みを受け入れる事が出来なかった。
「魔女との契約は、曖昧ならば曖昧なまま成立させる事も出来ますが、アスはそれを嫌がるでしょう、許されないとまで言っていましたし、私も受けないですね」
「曖昧ならば望みをそちらで定めて、望むままの対価を徴収する。それが魔女だろう?」
「そういうのもいるのかも知れないが、面倒事はごめんだ」
ルキフェルの言い分が該当するような魔女もいるにはいる。
伝えられる望みの曖昧な部分を都合の良いように解釈し、不当とされ兼ねないぎりぎりの対価で契約を交わす。
けれど、本当に不当と“世界”に判断されたなら因果に触れる。
「因果の獣を相手にするような面倒事は特にな」
「俺は、アスの真実が欲しい」
アスの曖昧な笑みへと、ルキフェルは告げた。
真っ直ぐな眼差しと真剣な表情を、アスは気圧されるでもなくまじまじと見詰めてしまう。
「どうかしましたか?」
あまりに見過ぎていた為か、見かねたのであろうフェイから声がかかった。
表情は真剣なままで、けれど若干仰け反っているルキフェルの様子に気付き、アスはフェイから声もかかる訳だと勝手に一人で納得し、然り気無くも身を引いていった。
「うん?いや、“俺”って言うのが珍しく感じてな、言葉に触発されているのか、俺様系?ルキの強引な感じが面白いなと」
安堵にか密かに吐かれる息を横目に、アスがフェイへと告げる言葉は一種の爆弾だった。
アスがまじまじと見ていた時から何故か若干赤身を帯びていたルキフェルの顔が、一瞬にして真っ赤になった。
その変化にどう言う事かと内心で首を傾げるアスだったが、フェイへと意識が向いている為にそこは突っ込まない。
「“真実”の定義が曖昧だが、情報って意味なら“風”と契約を結んだ方が良いと思うのだが?」
「・・・真面目に検討している辺りがアスだと思いますよ」
どうだろうかと問う意味で、アスがフェイへと問う言葉に、アスを見たままのフェイの瞬きが返される。
ルキフェルの言葉が足りない望みを、アスなりに、一般的ではない魔女としての視点を知りたいのだと解釈した為の結論だったのだが、一瞬の不自然な間を置いた後、何処か呆れを含んだ声音と表情でフェイはそんな事を告げたのだった。
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