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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
17 失態
しおりを挟む「と言うかだな、言ったと思うんだが?“手を出すな”と」
「言ってましたね」
「言ってたな」
「お前ら・・・」
アスは見詰めてしまう手の中の歯車から引き剥がすように目線を逸らし、上げた視線に目を半眼にしてフェイを見た。
半ば予想していた微笑みを返され、次にルキフェルを見て至極真面目に頷かれた。
ちゃんと聞こえていたのは結構な事だがと、そんなそれぞれの反応に、無意識の内にアスの溢していた呻くような声。
開いた口が塞がらないとはこの事だとアスは妙な納得をしてしまっていた。
「因果の獣と名付けましたか、あれとの遭遇は私も久しぶりでした」
「無茶をしていないようでなにより」
「と言う事は、貴方は無茶をしたからあれに遇っていたと」
「・・・・・・」
遭遇が久しぶりで、無茶をしていないとフェイの事を評するなら、無茶をすれば因果の獣と遭遇すると言う事をアスが知っている言う事。
つまりは、アスは無茶をして因果の獣と遭遇していたのではないのか?具体的な事は言わないのに、そうフェイの視線が詰問を投げ掛けてきているような気がして、アスは黙り込んでしまった。
「世界には定められた理が存在します。定めたのが誰かと言われると困るのですが、まあ、あるものはあるんですね」
「自然の現象を現象たらしめている理法であって、法則や条理を魔女は理と認識する。そうなって来ると、創造神セイファートの管轄かとも思うんだが、あれも理の内に在る存在と言えなくもないから、もっと根本的な世界の在り方自体がそうなのかもしれない」
「神に対する不敬を堂々と口にするのは止めて下さい」
呆れたようなフェイの言葉で、アスは唖然と自分を見るルキフェルの表情に気が付いた。
「“アレ”呼ばわりでかなりですが、世界を創造した存在に対して、それこそ、“神”と言う存在すらも理の一部と言ってしまうのはとても危ういかと」
何が問題かを諭しながらも、フェイもまた、そこまで“神”と言う存在を至高のものとして敬ってはいないような気がした。
「自身の“神”って在り方も、定められた、あるいは定めた理の一端。でないと、世界に在る事は出来ない」
“神”が“神”として在る為に存在する世界。ならば“神”を“神”たらしめている理がそう存在している。
つまりは“神”と定める定義がなければ“神”足り得ない。だからこそ、“神”もまた理の内の存在だとアスは言っていた。
「・・・教会が魔女を異端とする理由が分かったかもしれない」
呻くようにルキフェルが呟いていた。
「世界を創ったと、崇高な存在だと、ただ崇めるんじゃなくて、崇めるべき存在だと認める訳ですか」
「ん?」
フェイの続ける言葉をアスは何処か不思議そうに聞いていた。“神”を崇める存在として認識する事の何が不味いのだろうかと考える。
「いえ、“神”も“魔女”もアスにとってはそうあるものと言う感覚だと分かりました」
何でもないと言うように笑むフェイの様子を、納得したなら良いかとアスは受け入れ、考えていた事をあっさりと放棄した。
「とまあ、話しがだいぶ逸れていったが、因果の獣は、その理、もしくは理に因る契約に抵触すると、あんな感じで何処からともなくやって来る」
「空間の壁を引き裂いて出てくるので、何処か別次元の存在とも思うんですが、どうにもはっきりとしませんね」
「ぐちゃぐちゃだものな、あれ」
「ええ、顕現するにあたってこの世界の生き物の情報を参照している感じがあるのですが、もともとこの世界由来の何かと言う可能性も捨てきれませんし」
水棲の生き物が泳ぐ為の鰭や水掻きと、空を行く鳥の翼等、そんな異なる環境で生きる既存の生き物を手当たり次第に混ぜた、単一の生き物としては在り得ない姿で因果の獣は現れ出でる。
それをアスはぐちゃぐちゃと表現するのだ。
「契約に、抵触する」
「あ」
ルキフェルの言葉にアスは視線を明後日の方角へと逸らし、反射的に自身へと向けられた眼差しから逃れていた。
「不自然だと思ったが、そう言うことか」
そう告げる低い声音は間違いなく怒気を含んでいた。
「質問の内容か、得た解答にか、あの打ち切り方ですと、探ろうとする事そのものが駄目な可能性もありますね」
他人事のようにも考察を口にするフェイへと、アスは助けを求める視線を送るが、そもそも目を合わせても貰えなかった。
あれは絶対に気付いている。気付いていて、気付かないふりをしていると、アスは恨めし気な眼差しをフェイへと向け続けていた。
「私の記憶を探ろうとした。そのせいでアスは、あんな危険な目に遇っていたのか?」
質問の形をとっているが、ルキフェルからの問い掛けは、否と取り繕う事を許さないものだと思った。
ルキフェルが交わした契約の内容についての会話をしていた。
その最中に、アスは触れてはいけないものへと触れたと、そう感じたのだ。
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