月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

16 因果の獣2

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「いい、手を出すな」

 アスはそう告げる。
 張り上げた訳ではない声に、けれど聞こえていない等と言う言う事はないだろうと思っていた。
 だからアスは、自分へと向かっていた幾本もの鎖が纏めて吹き飛び、対峙する相手の背後にその姿を視た時、僅かに目を見張り、そして呆れて、それから諦めように笑ってしまっていた。
 聞こえなかった訳ではないだろう。ならば二人ともが聞かなかった事にしたのだと。

 アスは大きく踏み込み身を沈ませる。そして前へと踏み出す勢いを殺すことなく乗せて、右手を薙ぐように振るい、その右手を相手からの死角にして左手を真っ直ぐに突き出した。

「リコの動きを見ているみたいだ」

 正面で、唇の動きだけで呟かれる言葉は感嘆だろうか。そう大きくもない因果の獣カウセリトゥスの体躯へと、長剣の刃を突き立てたルキフェルは、僅かに見張る目で、アスを見ていた。
 そしてアスはアスで、ルキフェルが因果の獣カウセリトゥスの本体へと刃を降らせた時には、自身へと襲いかかっていた尾の細い部分を断ち切り、尾の先端でアスへと五指の指を広げていた手の平へと短剣の刃を貫通させていた。

ーキンッー

 と、その刹那に空気を震わせた音は、突き出した刃が肉を裂き、骨に当たったかのようなそんな音とは全く異なり、寧ろ、金属どうしがぶつかり合ったかのような硬質的な響きを持っていた。
 そして、ピシリと薄氷を砕いたかのような、致命的で何処か物悲しさを感じさせるそんな音アスは聞いていた。
 その音に砕け散ったのは、アスが左手の短剣で貫いた因果の獣カウセリトゥスの手の平へにあったものだった。
 アスは因果の獣カウセリトゥスが空間の境界をぶち破ってへと顕現した時に見ていた。因果の獣カウセリトゥスの尾に付いた手の平に、虹の輝きを持つ深紅の歯車が、半分程手の平の皮膚を突き破り覗いていたのを。
 虹の輝きは美しくも神秘的で、けれど、地金のもつ深い赤い色合いがその美しさを異質で禍々しいものとして見せていた。

「今のを倒そうと思ったら、アスがそうしたようにどこかにある赤い歯車を壊して下さい。それ以外のところはいくら攻撃しても根本的な解決にならないどころか、こちらからの干渉によって、より変異を加速させる事になります」

 そうルキフェルへと声をかけながら、フェイはアスの背後から歩み出て来ると、ルキフェルの突き立てた刃の先を指差した。
 アスもまたそれを認識していた。アスが歯車を砕くよりほんの少し、ルキフェルの振り下ろした刃の到達が早かったのだと。
 刃の埋まる因果の獣カウセリトゥスの身体。突き立った刃のその根もと付近から、湧き出すように細い蔦状の植物が生え、刃へと絡み付きつつあった。
 驚きにか、ルキフェルは柄から手を離すと、半歩程を後退り、顰めた顔でその植物を凝視していた。

「仕留めたからそれ以上の侵食はないだろうが、もう少し遅かったら武器を取り込まれていたな。それに、ルキ自身が迂闊に触れようものなら、ルキもまたただじゃ済まない。やり合わない事が一番だが、万が一があったら、私が行くまで絶対に手を出すな」
「え」
「ん?」

 警告を告げた筈が、上げられた頓狂な声にその危険性が伝わらなかったのかとアスは怪訝そうにルキフェルを見詰め、だが、何故か瞠目するようにアスを見るルキフェルと目が合った。

「あ、いや、こいつは魔女でないと相手ができないものなのか?」
「そんな事はないしフェイの言った方法で倒す事は可能だが、因果の獣カウセリトゥス、あーそれの事を私はそう呼んでいるんだが、そもそも、因果の獣カウセリトゥスに遭遇するって事態が異状だと思った方が良い」

 合わせた目から何処か取り繕う風にもルキフェルは問い掛けを発し、そんなルキフェルの反応を不思議に思いながらもアスは因果の獣カウセリトゥスについてを言い含めるように話し始めようとした。

 その瞬間の事だった。突き刺された刃に硬直していた因果の獣カウセリトゥスの体躯が一瞬にして崩れたのだ。
 まるで、歪な存在だったその姿に許されざると審判でも下されたかのような、そんな光景をアスは思った。
 支えを失い、床へと落ちた長剣がガシャンと重い音を響かせる 

 形を失い、崩れ、砂礫の山と化した因果の獣カウセリトゥスだったものを、緩やかだが渦巻く風が拐うように、何処かへと運び、しして、その時には、世界がもとに戻っていた。
 皹割れ、欠け落ちていたものが、何事もなかったかのようにそう在る光景にようやくアスは一つ息を吐いた。

「あまり見ていなかったが、すごい、姿?をしていた気がする。因果の獣カウセリトゥス?あれは、なんだ?」
特異点シンギュラリティ。世界に許されざるが認められた瞬間ですね」
「フェイ」

 フェイが床からそれを拾い上げ、アスへと手渡す。
 受け取り、見る手の中には、僅かに虹の輝きを残した深紅の歯車のほんの一欠片があった。
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