69 / 214
【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
11 喧嘩!!?
しおりを挟む「これが、貴方が一緒にいようとするアスと言う存在です」
「・・・・・・」
早々に話しを切り出すフェイへとルキフェルはまたも無言になってしまった。
無言のままルキフェルが一瞬目を向けるアスの方に、アスは気付いたが応じる事なく、これもまた何時の間にか用意されていたグラスの水を飲んでいるところだった。
予想するまでもなく用意してくれたのはフェイであり、けれど、フェイが飲んでいるようなちゃんとしたお茶ではなく、それが本当にただの水だったのは、やはり、一連の行動に思うところがあったからなのだろうとアスは大人しく水へと口をつけていたのだ。
「持て余した感情に、躊躇いなく、自傷行動を起こそうとする気狂いがアスです。と言う事です」
「気狂いはないだろう、手が使えなくなるような場所は狙っていなかったし、綺麗に貫通させれば治癒力を高めて、半日ぐらいで塞がるし」
「・・・気狂いではなく気違いだそうです」
一応の反論にも容赦がなかった。
同じ“キチガイ”との音に、微妙なニュアンスの違いがあり、けれどそこに込められているであろう意味合いの違いまでを読み取る事は出来ず、尋ねる事を許してくれそうな雰囲気でもない。
寧ろ、アスへと向けられる救いようのないものを見る眼差しに、向けられたアスが居心地の悪い思いをするだけだった。
「次があったとしても私はもう止めませんのでお好きにどうぞ」
思い出したように告げられ、アスはどうしようもなくなってしまい苦笑を返す。
「怒るって分かってるのにやらないさ」
「別に怒ってなどいませんが?」
心外だとばかりに肩を竦めて見せてくるフェイの大袈裟な程の仕種。
その様子に、ふっとアスの中の何かのスイッチが入った。
「いや、あれは怒っていただろ、表情とか完全になくなっていたし?」
「いえいえ、それ程でもありませんよ?寧ろ無表情と言うならアスがそうだったじゃないですか。表情が無さすぎて、人形に話しかけているようなとかの表現レベルではなく、寧ろその方がマシとかかなりアレな状態でした」
暗に人形の方が愛嬌や表情があったと言われてしまい、アスは何となく手を当てる自分の頬へ、そのままむにむにと動かしてしまった。
自覚がなさ過ぎて、寧ろ今の表情すらもどうなっているのか若干不安になったと言う仕種だった。
「私の、表情あるなしは関係がないし、未熟だってさっき伝えただろ」
やや勢いに欠けたアスの言い分にもフェイはやはり容赦がないのだ。
先程、アスの何等かのスイッチが入ったように、フェイの方は、少し前から歯止めが中途半端に外れてしまっている状態だった。
「未熟なら未熟らしく、分かりやすく怒るか泣けばいいんですよ、それを強引にどうこうしようとするのが気狂いなんです」
宣言するようにフェイが告げる。
その時、またも空気と化し、傍観へと徹していたルキフェルが何やら一つ頷いた。
「わりと普通なんだな」
「は?」
「え?」
普通過ぎる口調と声音が普通と告げ、アスとフェイは疑問を呈する一音を同時に発すると、揃ってルキフェルを見た。
「ん?ああ、すなない。私のことは気にしないでそのまま続けて貰って大丈夫だ。少し気を抜いて声を出してしまったが、今度はちゃんと気配も消しておくから」
そんな事をルキフェルが至極真面目に言って、そうして言葉通り、気配が薄れて行く。
それはアスやフェイが見ている最中の事で、見ていて、確かルキフェルはそこにいるのに、本当にいるのかと疑ってしまう程の変化となっていた。
一度意識から外してしまったら、そのまま先程までのようにまったく気に止める事もなくなってしまうと、そう思わせる程の存在の希薄さは、そこにあるのに気にされる事のない、まさしく“空気”だった。
「こう言うのはちゃんとやりきった方がいいっていっていたからな」
いると分かっているから、聞き取る事の出来たルキフェルの言葉。
続きをと促して貰ったが、この状態の感情の発露が途切れて弛緩しかけた空気の中、何をどう続けろと言うのだろうか。
アスは窺うようにフェイを見て、同じように自分を見ているフェイの何とも言い難いと言った表情と眼差しに気付き、アスとフェイは互いの心情の一致をどちらともなく察してしまっていた。
そうして、どちらともが示し合わせた訳でもないのに、同時に席へと座り直した。
何時の間にか立ち上がっていたのにも、驚きと気まずさと気恥ずかしさがあったが、そこは完全に気にしてはいけない部分だ。
「あ、れ・・・?」
キョトンとしたルキフェルの反応にアスは知らないふりを貫こうとして、けれどフェイはそんなルキフェルへと向けて口を開いた。
「聞くべきではないと、本当にそう思っているのですが、何となくです」
「はい?」
何の前置きなのか、勿体ぶった言い回しのフェイへとルキフェルは首を傾げ、アスは横目でそのやり取りを眺め見た。
「先程、貴方が言った“こう言うの”とはどう言うものでしょう」
そんなフェイの問い掛けに、アスは一度置いてからもう一度手にしようとしていたグラスを取り落としかけ、そんな自身の失態すら気にならない程の驚愕の面持ちでフェイを見てしまった。
フェイが妙な前置きをした段階で、フェイが聞くべきではないと感じていた筈の予感をアスもまた共有していて、本当に何となく気にはなったのかもしれないが、けれど、だからこそそんなにはっきりと聞くとは思っていなかったのだ。
「こう言う?え、喧嘩だと、していましたよね?二人で」
「~っ!!」
ほらやっぱりと聞いていたアスは両手で自身の顔を覆い、フェイはフェイで、聞いた答えによるダメージの直撃を受けて、近年稀に見る大怪我となったのか声にならない悲鳴と共に硬直していた。
そして、そんなフェイの表情は先程の怒り云々以上の無と化していた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。


隠された第四皇女
山田ランチ
ファンタジー
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる