67 / 214
【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
9 涙
しおりを挟む「俺達に話を聞きに来たんですか?」
「いや、懐かしかったから見学に来ただけ」
「え……」
「俺、ここの卒業生だから」
紘彬が部室を見回しながら答えた。
「先輩ってことですか?」
「そ。可愛い後輩達の顔見に来たんだ」
紘彬の言葉に反応に困った一史達は顔を見合わせた。
「ここんとこ部活出来なかったんだって? これ以上邪魔しちゃ悪いから帰るよ」
紘彬はそう言ってから、
「あ、でも、それ渡してもらえるか?」
聖子が持っていた紙を指した。
差し出された紙を如月が手袋を嵌めた手で受け取ると部室を後にした。
「あんなこと言ってたけど、刑事さんがあれ持って行ったってことはホントに見立て殺人って事?」
弥奈が不安そうに言った。
「ここの部員が狙われ……」
「バカなこと言うんじゃない!」
垂水が厳しい声で弥奈の言葉を遮る。
「でも、ここの部員の名字、被枕にある名前ばかりだよねぇ」
弥奈がそう言うと、
「え、朝霞に掛かる枕詞ってあった?」
耕太が言った。
「朝霞は聞いたことないけど……」
「じゃあ、朝霞さんだけは大丈夫ってこと?」
弥奈と耕太の言葉に部員達の疑うような視線が由衣に集まる。
「わ、わたしは……」
由衣が慌てる。
「見立てが出来るほど和歌に詳しいのに自分だけ被害者から外れたら疑ってくれって言うようなものでしょ。それに結城だってないし」
聖子がバカバカしいというように言った。
「え、あたしですか!?」
今度は結城が狼狽えたように言った。
「他にも無い人がいるって意味よ」
聖子はぴしゃりと言って結城の言葉を遮った。
「…………」
一史は何も言わずに全員の表情を見ていた。
「いい加減にしろ。部活を始めるぞ」
垂水がそう言ったが部員達は心ここにあらずと言った様子で皆集中出来なかった。
部活が終わり、垂水が職員室に戻ると紘彬と如月が職員室に入ってきた。
「学校を見て回られてたんですか?」
垂水が訊ねた。
紘彬のさっきの言葉を間に受けたようだ。
母校というのは事実だが。
「いえ、署に戻ってたんです」
小野以外に死亡した生徒がいるという話は聞いていなかった。
警察署は近くだし、教師達に話を聞くにしても詳しいことは署で調べた方が確実である。
それで一旦戻って調べてきたのだ。
「見立て殺人と言ってましたね。詳しい話を聞いても?」
「あ、いや、あれは生徒達の冗談で……」
「冗談なら話しても問題ありませんよね」
如月にそう返されて垂水は言葉に詰まった。
垂水は如月に促されて渋々部活の一環として枕詞を書いた紙のことを説明した。
「その紙、まだありますか?」
話を聞いた紘彬が垂水に訊ねた。
垂水は一瞬迷ってから、机の引き出しから紙を取り出す。
「紙に書いてあったのが『あさじうの』で、倒れていた生徒が小野ですか」
そして今日、部室の机に『ももしきの』と書かれた紙が置いてあった。
被枕は『大宮』
「小野は棚の下敷きになったんですから事故でしょう?」
垂水が言った。
「棚を固定している器具が古かったそうですし、細工した後もなかったと聞いてます」
紘彬は否定も肯定もせずに、
「箱もお預かりしたいんですが」
と言った。
「桜井さん、どう思いますか?」
校門から離れたところで如月が紘彬に訊ねた。
これから警察署に帰るのである。
如月は枕詞の紙が入っている箱を抱えていた。
この箱は証拠品である。
「小野と大宮に接点があるかだな。それと大宮が殺人なのかどうか」
そうなのだ。
調べてみたが大宮は階段から落ちたのが死因だった。
駅の階段だから突き飛ばされた可能性もなくはないのだが――。
わざわざ殺人を示すような紙を置いて連続殺人だと思わせたところでメリットがあるとは思えなかった。
五月二十一日――鞍馬の山――
垂水は授業を終えて職員室の自分の席に戻った。
椅子に座るとサプリを出して机の上のペットボトルの水でカプセルを飲み込む。
「それは?」
カプセルを嚥下した時、背後から声が聞こえた。
振り返ると紘彬と如月がいた。
「これはビタミン剤ですよ」
垂水はそう答えてから、
「何か?」
と紘彬達に訊ねた。
「確認したいことがありまして」
如月が答える。
「なんでしょうか」
「この箱と紙、先生が作った時のままですか?」
如月が箱と証拠袋に入った大量の紙を置いた。
垂水は箱を手に取って改めた。
箱に変わった点はなかった。
が――。
「『はるひの』は入れてない」
垂水が言った。
「どうしてですか?」
「『はるひの』は『万葉集』にしか使用例がないから入れなかったんです」
「『はるのひの』なら……」
「間に『の』が入る場合、被枕は『春日』じゃなくなるんです。ですが生徒達には授業で『はるひの』の被枕は『春日』だって教えてるので……」
垂水が入れなかったというのが事実なら誰かが入れたと言うことだ。
と言うことは――。
「部員に春日がいるんですか?」
そう訊ねると垂水が深刻そうな表情で頷いた。
紘彬と如月が顔を見合わせる。
昨日紹介された中にはいない。
「最近休んでたので……」
垂水が弁解するように答えた。
「いや、懐かしかったから見学に来ただけ」
「え……」
「俺、ここの卒業生だから」
紘彬が部室を見回しながら答えた。
「先輩ってことですか?」
「そ。可愛い後輩達の顔見に来たんだ」
紘彬の言葉に反応に困った一史達は顔を見合わせた。
「ここんとこ部活出来なかったんだって? これ以上邪魔しちゃ悪いから帰るよ」
紘彬はそう言ってから、
「あ、でも、それ渡してもらえるか?」
聖子が持っていた紙を指した。
差し出された紙を如月が手袋を嵌めた手で受け取ると部室を後にした。
「あんなこと言ってたけど、刑事さんがあれ持って行ったってことはホントに見立て殺人って事?」
弥奈が不安そうに言った。
「ここの部員が狙われ……」
「バカなこと言うんじゃない!」
垂水が厳しい声で弥奈の言葉を遮る。
「でも、ここの部員の名字、被枕にある名前ばかりだよねぇ」
弥奈がそう言うと、
「え、朝霞に掛かる枕詞ってあった?」
耕太が言った。
「朝霞は聞いたことないけど……」
「じゃあ、朝霞さんだけは大丈夫ってこと?」
弥奈と耕太の言葉に部員達の疑うような視線が由衣に集まる。
「わ、わたしは……」
由衣が慌てる。
「見立てが出来るほど和歌に詳しいのに自分だけ被害者から外れたら疑ってくれって言うようなものでしょ。それに結城だってないし」
聖子がバカバカしいというように言った。
「え、あたしですか!?」
今度は結城が狼狽えたように言った。
「他にも無い人がいるって意味よ」
聖子はぴしゃりと言って結城の言葉を遮った。
「…………」
一史は何も言わずに全員の表情を見ていた。
「いい加減にしろ。部活を始めるぞ」
垂水がそう言ったが部員達は心ここにあらずと言った様子で皆集中出来なかった。
部活が終わり、垂水が職員室に戻ると紘彬と如月が職員室に入ってきた。
「学校を見て回られてたんですか?」
垂水が訊ねた。
紘彬のさっきの言葉を間に受けたようだ。
母校というのは事実だが。
「いえ、署に戻ってたんです」
小野以外に死亡した生徒がいるという話は聞いていなかった。
警察署は近くだし、教師達に話を聞くにしても詳しいことは署で調べた方が確実である。
それで一旦戻って調べてきたのだ。
「見立て殺人と言ってましたね。詳しい話を聞いても?」
「あ、いや、あれは生徒達の冗談で……」
「冗談なら話しても問題ありませんよね」
如月にそう返されて垂水は言葉に詰まった。
垂水は如月に促されて渋々部活の一環として枕詞を書いた紙のことを説明した。
「その紙、まだありますか?」
話を聞いた紘彬が垂水に訊ねた。
垂水は一瞬迷ってから、机の引き出しから紙を取り出す。
「紙に書いてあったのが『あさじうの』で、倒れていた生徒が小野ですか」
そして今日、部室の机に『ももしきの』と書かれた紙が置いてあった。
被枕は『大宮』
「小野は棚の下敷きになったんですから事故でしょう?」
垂水が言った。
「棚を固定している器具が古かったそうですし、細工した後もなかったと聞いてます」
紘彬は否定も肯定もせずに、
「箱もお預かりしたいんですが」
と言った。
「桜井さん、どう思いますか?」
校門から離れたところで如月が紘彬に訊ねた。
これから警察署に帰るのである。
如月は枕詞の紙が入っている箱を抱えていた。
この箱は証拠品である。
「小野と大宮に接点があるかだな。それと大宮が殺人なのかどうか」
そうなのだ。
調べてみたが大宮は階段から落ちたのが死因だった。
駅の階段だから突き飛ばされた可能性もなくはないのだが――。
わざわざ殺人を示すような紙を置いて連続殺人だと思わせたところでメリットがあるとは思えなかった。
五月二十一日――鞍馬の山――
垂水は授業を終えて職員室の自分の席に戻った。
椅子に座るとサプリを出して机の上のペットボトルの水でカプセルを飲み込む。
「それは?」
カプセルを嚥下した時、背後から声が聞こえた。
振り返ると紘彬と如月がいた。
「これはビタミン剤ですよ」
垂水はそう答えてから、
「何か?」
と紘彬達に訊ねた。
「確認したいことがありまして」
如月が答える。
「なんでしょうか」
「この箱と紙、先生が作った時のままですか?」
如月が箱と証拠袋に入った大量の紙を置いた。
垂水は箱を手に取って改めた。
箱に変わった点はなかった。
が――。
「『はるひの』は入れてない」
垂水が言った。
「どうしてですか?」
「『はるひの』は『万葉集』にしか使用例がないから入れなかったんです」
「『はるのひの』なら……」
「間に『の』が入る場合、被枕は『春日』じゃなくなるんです。ですが生徒達には授業で『はるひの』の被枕は『春日』だって教えてるので……」
垂水が入れなかったというのが事実なら誰かが入れたと言うことだ。
と言うことは――。
「部員に春日がいるんですか?」
そう訊ねると垂水が深刻そうな表情で頷いた。
紘彬と如月が顔を見合わせる。
昨日紹介された中にはいない。
「最近休んでたので……」
垂水が弁解するように答えた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。


隠された第四皇女
山田ランチ
ファンタジー
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる