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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
4 謝罪と願い
しおりを挟む教会の裏手ではなく、正面側の開けた場所に佇み、日が沈んだ後の空へと細い弓形の月が空の高い位置へと昇り、冴え冴えとした光を地上へと投げ掛けて来ている様をアスは見ていた。
「眠らないのか?」
不意に問われるが、アスは月を仰いだまま、声をかけて来た相手、ルキフェルを振り返る事はなかった。
教会の外壁に凭れるようにして、何時からかは知らないがルキフェルはそこにいた。
途中で気付いたがアスが声をかける事はなく、ルキフェルもまた先程までは話しかけて来る事がなかったのだ。
「・・・何か用か?」
アスはルキフェルを見る事なく、先程のルキフェルからの問いに答える事もなく、ただ用件を尋ねるだけの問いを返した。
「貴方が旅をするなら、足手まといにはならない、そう自負できるだけの実力はあると思う」
「そうだな、今の基準を完全には把握していないが、冒険者として問題なくBかAの実力はあると思う。野営に関する能力は分からないが、単独でも大概の場所へ行く事が出来るだろうな」
ルキフェルが腰の剣帯に吊るした深緑色の鞘の長剣へと触れながらアスへと申し出れば、アスはすんなりとそれを認め、自身の見解を付け加えた。
アスの見解と言っても、実際のところ、玲瓏の君とやり合う事が出来、災禍の顕主を倒した実力ならば、BやA等では決して収まる事のないその上の評価となるのだが、アスはここ一ヶ月で自分が把握した部分においてのみの判断で話しておいた。
眠りにつく前と目覚めてからと言う理由もそうだが、ルキフェルが愛用の長剣を使う事が出来ないと発覚してからは、アスが自分の亜空間収納に死蔵させていた長剣をルキフェルへと渡して使わせていた。
それが今、ルキフェルが触れている深緑色に鞘の剣であり、その剣は決して悪いものではないどころか、かなりの逸品なのだが、それでも、勇者の為にあるあの剣に比べれば劣ってしまうし、そもそもが勇者の為の装備でないと言う事は、勇者としての能力を引き出す事は出来ないと言う意味合いもあった為だ。
「こいつをありがとう。感謝している」
「礼は聞いたし、既に受け取っている」
意識が、剣に向いた事を気取られたか、ルキフェルが改めてと言った様子で告げて来たが、アスはどうでも良かった。
変に恐縮したり、お礼の言葉を拒絶したりはしないが、それはアスにとっての一種の線引きなのだ。お礼の言葉は受け入れた。だからこそ、これ以上関わって来るなと言う、これもある意味での拒絶であり牽制なのだろう。
「言葉だけのお礼しかしていない。使いやすいし、手に馴染むから嬉しいんだ」
「それはなによりだ。だが渡した時にも言ったが、そもそもがそれは、お前の為の武器じゃない。あまり過信してやるなよ?」
「分かった」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
渡した時と同じく、ルキフェルはただ素直に了承を告げる。
それで終わりとばかりに、アスとルキフェル両者の間に沈黙が降りた。
けれどそれは気まずく、次の話題を探す間であるかのような時間ではなく、ただ、その場に在る静寂へと感じ入り、その一部であるかのような自然な空気に満ちていた。
「アス、・・・アスティエラ」
「・・・・・・」
そうして呼ぶ名前へと、ルキフェルは心地好い静寂の時間へと終わりを告げさせる。
呼ばれたアスは、ようやく下げて行く視線に、ルキフェルの様子をその視界へと入れた。
真っ直ぐ、アスの存在以外の何も、その瞳には映していないと言わんばかりの真剣な眼差しに、アスもまた静かにルキフェルを見返す。
「アスティエラ、アス、ごめんなさい」
「ん?」
略していない名前と、短く呼び掛ける為の名前。アス、アスティエラと、ルキフェルは何かを探ろうとしているかのように繰り返し、そしてその後に謝罪の言葉を続けたのだが、言われたアスの方こそが、意味が分からないと言う様に目を瞬かせてしまっていた。
「僕には、私には欠けている記憶があります」
改まって告げる言葉。ルキフェルは僕か私か自分をどう言うべきかすらも定まっていない状態に、それでも何かを告げようとしているかのように言葉を探しているようだった。
「いた筈の誰か、なのにその存在が分からない。おかしいって思って、欠けている記憶を自覚しました」
おかしいともう一度呟き、ルキフェルは目を伏せた。
そうして再び開く双眸に、ルキフェルのその瞳へと宿った仄暗い激情にも似た感情の閃きを見付け、アスは密かに息を呑んでいた。
「目が覚めて、最初に貴方を見て、その瞬間に貴方だと思った。そう、確かに思った筈なのに、分からない・・・フェイさんに聞いて、僕は、貴方と旅をした事があると確認が取れて、なのにその記憶の一切がなかった・・・っ、どうして・・・っ」
苦しげで、呻くように吐き出される感情の断片を、アスはただ見詰め返すままに聞いている。
「たぶん、僕は、貴方へと望みを伝える前に、これを伝えないといけなかったって、ようやく気付いて、だから、ごめんなさい」
浅く繰り返した呼吸に、どうにか自分を落ち着けようとしているのかルキフェルは、もう一度謝罪の言葉を繰り返す。
「記憶が?」
戻っているのか?か、戻りそうなのか?とそんな問いをアスは端的に告げるが、その答えは緩く横へと振られる首の仕種だった。
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