月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

2 “彼”

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「そろそろ戻る事を考えているんだが、どう思う?」
「良いのではないのでしょうか、と言いたいところですが、どうしましょうね?」

 今日も木陰で本を読んでいたフェイを見下ろしながらアスが話しかければ、フェイもまたアスが何を気にしているか分かっている為に、顔を上げながらも疑問を疑問で返して来た。

「さすがに常盤ときわの領域に連れていけないとここで、一月粘った訳だが、どうしたものかな」

 顔を上げはしたが、フェイの視線はアスの存在を通過してその背後へと向けられ、アスもまたフェイが見ているものを確認するまでもないと思いながらも、そちらへと目を向けていった。

「はっ、はっ」

 鋭くも気合いの篭った短い呼気とともに、手にしている長剣を鞘のまま振り下ろす。ひたすらに繰り返されるその動きは、単調な筈なのに見る者の目を惹き付けるものがあった。

 無心で素振りを続ける青年の名前はルキフェル。嘗て勇者と呼ばれた存在の、どうしようもない程の本人だった。
 ルキフェルの一挙一動は、纏うその空気までもが洗練されていて、 無駄の一切を省かれた動きをアスは思う。
 無理な力みも、余計な気負いもなく、怖い程の気迫を放ちながらも、仕種の一つ一つに境等ないかのように、流れるような動きを描き続けている。

「剣の軌跡に色を残せたなら、僅かのズレも見せるせる異なく、同じ線を引き続けるのだろうな」
「二時間ずっとあの調子のようですが?」
「適当に切り上げれば良いと言ったんだが、明確に時間を指定するべきだったと要反省だな」
「真面目と言うよりも、どうにも・・・、なんでしょうね?」

 何かを言いかけてフェイは首を傾げ、そして腑に落ちないと言う様に目を眇る。

「カイはまだ戻っていないらしいが、何時までもここにいるのは違う気がする」
「そうですね、あの方の事がなければ幾つか手も打てるのですが、やはり、放り出しますか?」

 さりげなくも、本心とおぼしき言葉を告げ、フェイはルキフェルを見続けていた。

 アスとフェイは目を覚ましたルキフェルと共に、未だ時忘れの教会に留まっていて、今は教会の裏手に併設された宿泊施設の、中庭にあたる場所にいた。
 フェイが近頃のお気に入りとしている葉を繁らせた大木が一本と僅かばかりの菜園。
 菜園は満足な手入れはやはりされていなかったのだろう、枯れて荒れ果てている訳ではないが、好き勝手の延び放題となった茎や弦。そうして付けられるだけ付けて、その分、色艶を失い小型になってしまった実が成り、半ば野生へと返りかけているような光景が最初は広がっていたのだ。

 それが今ではそれなりに整った、菜園としての姿を取り戻しているのは、この一ヶ月のアスとフェイの暇潰しの結果だった。
 ルキフェルの処遇をどうするべきか、それが、この一ヶ月程の、アスとフェイの悩みの大本だだったのだが、結局のところ答えは出せず、そのやり場の見付けられない、モヤっとしたものを生活環境の向上へと注ぎに注いでいたのだ。

「余暇を満喫するのも嫌いじゃないし、寧ろ、何もしないなんて望むところの筈なのにな」
「あの方がいる限り無理ですね。やはり速急に森外れに捨てに行きましょう?」

 完全な厄介者判定を出され、捨てる話しすらも出されているルキフェルは、何も知らないまま今なお素振りを続けていた。

「いっそ、カイの事は一端置いておいて、先に何処かの街へ行ってギルドにでも放り込むか?」
「身分証さえ形ばかりでも用意してあげれば、後は自分でどうにかしますよね?仮にも二年旅を続けて、三、四年は放浪していた筈ですし」

 一応の処遇を私は提案する。
 フェイと異なり、アスは一応だが起こした責任を考えてはいたのだ。
 良い感じに眠り続けていた相手を、アスは自分の意図ではなかったとは言え起こしてしまった。
 それも、もともとの時間から二百年以上経っているともなれば、身もとの保証も出来ない。それは下手をすれば、街や村にすらいれてもらえない状態であり、さすがにこの状態で放置は無責任が過ぎるかと、アスはフェイの提案を受け入れなかったのだ。

 そしてフェイは何だかんだと言っていても、アスが何かを言えば、その提案を検討してくれる。
 だからこそ、アスはその為の行動も既に起こしていた。即ち、手っ取り早くルキフェルに身分証に値するものを取得させようと、冒険者としての技術を教えていたのだ。

「勇者だけあって戦う事はそれなりですが、それ以外があれでは、早晩食い潰されそうですからね」

 フェイの言葉にアスは眉間へと皺を寄せ、自然と渋い表情になってしまっていた。

 勇者はひたすらに素直だった。けれど、それは無垢な素直さであり、言ってしまえば無知から来る従順さですらあったのだ。
 その事に気付き、アスはどうするべきかと考えあぐねていたのだ。

「たぶん対価、それから代償だろうな。誰に何を支払ったんだか」
「昔は違ったのですよね?」
「誰かの為は、行動の根幹にあったように思うが、自己と自意識はちゃんとしてたな」

 成る程とフェイは呟き、先程、真面目と表しかけて自身が首を傾げた理由に行き当たったのだと分かった。

「欲求の一つでもあれば、もう少し・・・空っぽなんですね“彼”」
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