月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

1 垣間見る者達

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 その場所には“時”と言う概念が存在していなかった。
 故に光は届かず、音も響かず、何かを感じる事もない、そんな場所だった。
 どのような存在でも在ると認識される事の叶わないこの場所で、けれど、“彼女”非時ときじくの魔女は、確かにそこにいた。
 過去において、未来にあって、今をる。そんな“彼女”だからこそ、その場所に在る事が出来るのだ。

「やはり、探れぬか」

 “彼女”により響きを得たがその場所に落ちる。

「貴女でも無理があったみたいだね、ファティマ」

 飄々としたとともに、吹いた一陣の風。

 非時ときじくの魔女は、ファティマと呼ばれた自身の名前と、吹き抜けた“風”と言う現象に、目深に被っていたフードの下で、眇めた双眸を瞬かせた。

「そなた、は風の・・・」
「もとだよ、もと、今はあの子がそうだからね」

 そこにだけ風が吹き続けているかのように、はためかせた薄手の長衣を纏い、佇む。長身の痩躯で、青年とも女性ともつかない中性的な容貌のその人物をファティマは知っていた。
 だが、有り得ないと、そんな思いを込めて声に出せば、楽しげな笑みのもとに肯定と否定の飄々とした言葉が返されて来る。

「他の魔女の儀式セレモニーへと踏み入るか、相変わらずの無作法よの」
「はは、ごめんごめん。非時ときじくの魔女の庇護下でもないと、私如きでは、こんな深い場所にこれなかったんだ。助かったよ」
「調子の良い奴よ。では嘗ての風よ、役目を片割れに押し付け、自由を嘯く今のそなたは何ぞ?」
「うん?まぁ死ぬ以外で魔女の任を降りたなら、背きしものなんじゃないの?」

 軽い口調はどうでも良さげで、事実気にも止めていないのだろうとファティマに思わせた。

「あ、名前はたぶん使える?うん、使えそうかぁ、じゃあフェンって呼んでね、次があるかも分からないけど、今ぐらいはさ」

 それからそう続けられて行った言葉に、ファティマはフードの奥の眼差しを、何とも胡散臭いものを見るかのような眼差しに変えていた。

「以前から分からぬところがあったが、そなた、どう言う状態か?」
「そなた、じゃなくて」

 もう、とでも言いたげに膨らませて見せてくる頬にファティマは調子が狂うと内心で溜め息を一つ、そうして疲れたようにも結局は、その名前を呼ぶ事なく、フードの奥から見遣るのみに、視線だけで促していた。
 だが、そんな視線すらもものともしないか、一転して竦めて見せて来る肩の仕種に、ファティマの眉間に皺が寄って行く。

「今は、向こうでの在り方を失う変わりに、ここでの動きの自由を少しだけ得た、そんな感じだよ」

 そして、ファティマが何かを言おうと口を開きかけた瞬間、うっすらと笑う様子にあっさりとそんな答えが来た。

「・・・そうよの、ここはわたくしが領域の一端よ、同胞であろうが、許され得ぬ場所に違いない」

 言おうとしていた言葉の変わりに、やや嫌味を込めて、招いてないのだから来るな。無作法者めと告げてみる。
 探りあいのようで、実際には他愛ないやり取りを続け、そうしながらどちらともが見計らうのはタイミングだろうか。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「“星”は運命と再会を果たした」

 不動の笑顔を前にして、色々とどうでも良くなったファティマは前振りを省いて告げる。

「ふーん?ようやく、貴女方が願う歯車がもう一度動き始めたんだ?」
「導いたのはそなたもであろう?」
「うん、そうだね。ただ、私は“勇者”はどうでもいいんだ。特になりそこないと、騙りものでは意味がない、どころか、害悪なぐらいだよね」

 あっさりと認める関与にファティマは肩透かしをくらった気分だったが、害悪とまで言ったその言葉には目を眇めた。

「どちらも、一応は“勇者”よ。望む望まぬに関わらず、自ら名乗ったその時から囚われておる」
「物好きだよね。ホント」
「今は違おうと、“魔女”である事を選んだ者には言われたくないであろうよ」
「違いない」

 何が可笑しいのかくくと喉で笑うフェイの様子。

「ところでさ、ちょっとそのフード取ってみてくれない?」
「・・・・・・」

 何気無い、本来なら意味が分からないと言いたい突然の要望に、けれどファティマは舌打ちしたくなった。
 取りたくない理由がそこにはあり、そう望んで来た事で、フェンがその理由に気付いていると分かってしまったのだ。

「やっぱり常盤の養い子に手を出したのはまずったよね。幾ら力を託されたって言っても、チェインだって甘く見たよ」

 言いながら、フェンが何気無くも長衣から出して見せて来る右腕に、ファティマは瞠目する。
 繊細な紫の花弁を持つ棘のある花。本来なら蔦植物ではない筈のその花は今、フェンの腕を這いちょっとやそっとでは取れないであろうレベルで絡みついている様に見えたのだ。

「アザミか?」
「アーティチョークだよ。花言葉に“警告”って意味を持ってる」
「ああ、なるほど」

 ファティマは酷く納得していた。常盤ときわの魔女の繋がりチェインであるカイ。その養い子にファティマとフェンは手を出したのだ。フェンの腕の花はその報復と文字通りの警告なのだろう。

「被ったままのフードの下。貴女もでしょう?」

 ファティマは言われた言葉に反射的にフードを端を押さえていた。

「紫の貌佳草ピオニー。芍薬っぽいね」
「く、見えていないのではないのか」
「因みに貌佳草ピオニーの紫色だと、単純に怒りが花言葉。うーん怒ってるね、やっぱり」

 見えていない筈のフードの下の状態を告げられ思わずファティマは呻いていた。
 ファティマのフードの中に押し込んでいる暗紫色の髪。そこには今、フェンが言う様に大輪の貌佳草ピオニーの花が咲いているのだ。

「髪飾りっぽい感じになってるんだからいいんじゃない?紫って色合いも似合わない訳じゃないんだし?」

 何とも軽く言ってくれるが、ファティマはそれどころではないとばかりに、フードの下でフェンを睨む。

「あ、ごめん限界っぽい」
「は?」
「言ったよね、“少し”だって」

 唐突に告げられる限界の一言。そして、軽く上げて見せる右手は別れの挨拶の変わりか、その瞬間吹き抜けた突風に、フェンの姿は掻き消されたかのように見えなくなっていた。

「存在も感じないか、“風”の特性ではないであろうに」

 ファティマは呆れたように呟き、そうして目を閉じた。急な来訪者の存在に、中断してしまっていた作業を再会させる為に。

「今はわたくしも見守ろうぞ、其の星の選択と、勇者たり得なかった彼の存在の有り様を・・・」

 そうして、“時”の司たるファティマは運命を見定める。
 来るべく時と、避けられ得ぬもの、許される有り様と、望み得る自身に対しての最善を。
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