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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】
49 向き合うまで
しおりを挟む「そろそろ、戻る気になりませんか」
かけられた声へと、膝の間に埋めていた顔をようやく上げる事が出来た。
「・・・二百年だったか?」
「二百二十四年程だと」
私が眠ってからの時間だと直ぐに分かったのか、より詳細に訂正された情報が返されて来た。
「おじいちゃんだな」
「見た目ですと、十八か九、いっていても二十ぐらいじゃないでしょうか?」
本当に二百年以上も生きているのならおじいちゃんどころの話しではない。
茫洋たる目で何を見るでもなく私が呟くと、フェイの普通過ぎる反応は返って来る。
教会の尖塔の屋根。フェイの姿は視界に入らず、どのようにしてこの場所に留まっているのかはわからないが、私はその僅かに裾広がりとなった場所へと座り込んでいた。
地上は遠く、落ちたらただでは済まない高さのその場所。そもそも、近くに窓がある訳でも、ここまで上って来る為の梯子がある訳でもないのだから、こんな場所に座る事等が想定されている筈もないだろう。
逃げ出して、でも何処か遠くを目指すでもなく、辿り着いていたのはこの場所だった。
だが、はっきり言って、何故ここにいるのか、何時からいたのかを含めて、どうやってこの場所に来たのかすらも、全てが曖昧だった。
「二、三時間といったところですよ。ただ、もう日暮れですし、気温も下がって来ると思いましたので、声をかけにきました」
何時からと言う疑問の答えを、意図せず貰ってしまった。
二、三時間は長いと取るべきか、短いと感じるべきか。日暮れを持ち出したのはフェイなりの気遣いか、そんな気遣いこそがここに来る為の口実か、自分の内で取り留めのない疑問は幾つも沸き上がり、疑問に答えを出さない事で、私は思考を散乱させ続けていた。
「今は眠っていますよ」
「そうか」
誰がとは言わないし、私も聞かなかった。
ただの時間稼ぎ、悪足掻きを思いながらも、自分にとっては必要な時間なのだと、そう思い込む事で自覚的な逃避を続けようとする。
「教会の裏手の建物が所属の者達の為の生活空間といった感じで、巡礼者の宿泊施設も兼ねていたのか、こちらもちゃんと使えるように手が入っていました。人の気配は全くありませんがね」
「・・・過去にしたから、普通を装い続ける事が出来ていたんだがな」
観念した訳ではないが、感情を乗せない声のままどうにかと言うように私は呟いていた。
空に日暮れの赤光はもう殆ど残ってはおらず、その僅かな光すらも、押し寄せて来た紫と、それ以上の濃紺が呑み込んで行くかのように。
そんな光景を、私は虚ろな眼差しで眺め続けていた。
「それでも、一度はちゃんと会うべきです」
「・・・・・・」
「意味があるのか分かりませんけどね」
「・・・?」
続いた言葉に含みを感じたような気がして、そんな事を疑問に思う事が出来て、ゆっくりとだが、ようやくちゃんと顔を上げる事が出来た。
瞬きを繰り返しながら、距離と明度の違いを対応させて焦点を調えれば、私が座っている場所と同じ屋根の縁沿い、二メートル程の距離を取って、苦もなく佇むフェイの姿があった。
「会えば分かります」
「そうか」
よく分からないが、それ以上説明する気がないとでも言うかのようにその先に続く言葉はなく、私もまた、ただ頷くだけの返事と短い言葉を返すに反応を留めていた。
「会えば、か」
「酷な事を言っていますか?」
そう言って、光の加減等ではなく揺らぐフェイの眼差しの様子に気付いて、なんとなく理解した。
説明する気がないのではなく、説明する事の出来ない何かがあったのではないかと、そう思ったのだ。
「いや、そこまでじゃない、と思う」
「過去にしたと言うぐらいなのに?」
「どうだろうな」
混乱して、逃亡するぐらいのものはあるのだと思うが、正直分からないと言うのが率直なところだった。
こうなって来ると、自分自身の感情と行動の乖離を思わずにはいられなかった。
分からないと思うのに、行動は逃げを打っていて、言葉としては過去にしたと宣っていたのだから。
「話すかどうかは分からないが顔は合わせて、その後は反応待ちで、今はそれぐらいだな」
「そうですか」
「ああ、それでな、フェイ」
「はい」
少しだけ改まった様子でフェイを呼べば、何かを感じたのかフェイもまた、短い返事だが僅かに張り詰めたような雰囲気で応じてくれた。
だが、そんなに改まって貰っても困るのだと、表情とともに続く言葉がぎこちないものに変わって行く。
「いや、そのだな」
「はい?」
「運んで貰って良いか?その、下まで」
「・・・?」
完全に意味が分からないと言うような顔をされてしまい、私にもやや焦りが生じ始めていた。
「下りられなくはないが、微妙だろう?この高さ」
言い訳ではない。言い訳ではない筈だが、自分でも告げる言葉が早口になってしまっている事に気付いていた。
そうして、フェイの表情に理解が広がると、その眼差しに呆れが浮かび始めた。
「自分でここまで来た筈なんだが、どうやって上って来たのだろうな?」
心底不思議に思っていると言うようにフェイへと首を傾げて見せれば、感じていたであろう呆れがフェイの口から嘆息となって溢されて、居たたまれなくなって来た。
「ウィングキャットの子供を思い出しますね」
翼持つ猫の魔獣の話しを持ち出され、自分の事を言われていると言うのに苦笑してしまう。
ウィングキャットはその翼で空を飛ぶが、飛ぶのがあまり上手くない子供はよく高所で動けなくなっているのだ。
助けを求めたいが、下手に鳴き声を上げれば、天敵となる生き物をも呼び寄せてしまう可能性がある。だから動けなくなった子供は、ただ見つけられるのを待ち、助けを待つのだ。
「では、お母様?下までお願いします」
「せめて姉ぐらいで、と言うかアスの方が長く生きていますよね?」
おどけながら伸ばす手を、やはり呆れたように取られ、ちょっとした抗議を聞いた時には、既にそこは教会の正面扉の前だった。
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