52 / 214
【第一晶 ~新たなる旅立ち~】
46 覚悟
しおりを挟む「誰だ彼の方って」
思い当たらない相手に顔を顰め、けれど、ようやくそれと向き合う覚悟を決めた。
「十一の紋章、あそこだけ何もかかってなかったから、そんな気はしていたんだよな」
呟きながらも歩みを進める。
入って来た場所の丁度正面。そこは本来ならもう一つ紋章、があったであろう場所だった。
十二人の魔女に対して、十一の紋章。それらは等間隔に並んでいて、なのに、そこだけが何も掛かっていなかったのだから。
そして今、そこには壁すらもなくなっていた。
「隠し通路、いや、地下か」
覗き込むまでもなく、下へと続いている階段に気付く。
「他の魔女の力が満ちてるな」
言いながら、階段へと一歩を踏み出した。
人が二、三人程度なら横に並んで歩く事が出来るであろう、それなりの広さがある階段を私は一人で進む。そうして落とした足が鳴らすカツーンと言う硬質的な響き、思いの外、反響した足音に私は少しだけ目を見張った。
「石材は一緒な感じなのに、金属?真銀か、これは」
来た時の通路とは違い、この階段に外から明かりを取り入れる為の仕組みはなく、なのに燭台等が設置してある様子もない。
それでも進む事に困らないのは、壁の所々で冴え冴えとした光を放つ結晶片のお陰だった。
石材と共に磨かれ、滑らかな断面を晒す白銀色。
完全な闇だったとしても進む事は出来るが、それでも、あればあったで楽なのは事実であり、私はその恩恵を意識に留めながら進んで言った。
どれだけ続くかも分からない階段を下り、闇と白銀色の光だけを眺め続ける。
星の光が瞬くような夜空の中を征く。そんな幻想的な光景に見えなくもないなと、感慨に薄くも思っていた。
生き物が澱んだ魔素に侵されると魔物化する。実のところ、それは、水や石材等の無機物にも起こる現象であり、澱んだ魔素に晒され続けた鉱物がある日突然、他の生き物への害意を以て動き出す事がある。
けれど、魔獣や魔物になる事なく、ただひたすらに、魔素を蓄え続けるものもあった。その差が何なのかと言われれば、相性としか言い様がないのかもしれないが、とにかく、魔素を蓄え続ける物質があり、そして、その物質は獣が魔素に適応して魔獣になるように、輝石や金属等が適応力から、魔石や魔法鉱物へと変質するのだ。
真銀とは正確には魔法真銀と表記され、文字通り、銀と言う鉱物が高い濃度の魔素へと晒され続け変質した鉱物だった。
「属性とか性質を問わず、魔法との相性そのものが良いから、道具とか、儀式の場そのものを調えるのに使えるんだが、結構な量じゃないか?」
階段の途中、片手に収まる程だったが、それまでよりも一際大きな白銀色の輝きを見た時、そんな事を思った。
真銀は、魔法鉱物の中でもかなり貴重な物質なのだ。
もとから魔素による変質に耐えられる鉱物自体が少なく、そんな鉱物が高い濃度の魔素に、長い年月の間晒され続けなければ魔法鉱物は生まれない。
そしてその鉱物の中でも、銀自体がまた希少金属であり、尚且つ魔素に対する相性から、膨大な量の魔素を取り込まなければ真銀に変質する事がない。
そんな様々な要素を成立させ、その状態が数百年単位で維持され続ける。そうして生まれる魔法金属の中の真銀が、ほぼ原石のまま、ここにはそれなりの量が存在しているようだった。
「・・・増幅と固定、共鳴させて、何の為に?」
何等かの魔法の痕跡に気付いていた。
魔法とも呼ぶ事の出来ない魔力の残滓を感じてもいた。
少なくない真銀どうしが反応し合う事による威力の増幅と、魔法の行使者が不在の状態でも維持し続けられている効果。
「覚悟を決めていて、でも、足りないぐらいか?」
竜と橘の“時”
白麒麟と黒麒麟で“空”
大樹と泉は“樹”
霊亀は“地”
降りきった場所で行き当たった扉。
その扉に刻印されていた四つの紋章を、足を止めた私はただ眺め見ていた。
四人の魔女が関わったと証明する扉の刻印。その物々しい扉をどうするべきかと一人悩む。
魔女はその気になれば、国の一つぐらい普通に滅ぼす事が出来る。
単純に力で押し潰すか、徐々に崩壊へと導くか、自壊させるか、方法は魔女によるが、それでも、出来てしまうと言う事に代わりはない。
その力的なものもそうだが、必要なら、犠牲や代償を気にかけ、気に留める事なく、やると言った精神性が魔女なのだ。
「その魔女、それも始源に近しき古き魔女の四人。本当になんなんだろうな」
思考の断片から、その最後の部分を口に出しながら、四つの紋章の中心、丁度胸の前に来るその空白へと、私は自分の左手を置いた。
封印されていた訳でも、仕掛けがあった訳でもなかった。
けれど、たったそれだけの事で、扉は、朝日を浴びた朝靄に映る幻影であったかのように霧散してしまった。
そして、私は思い知る事になった。
何かがあると覚悟を決めていて、けれど、それが、全然足りていなかったのだと。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。


隠された第四皇女
山田ランチ
ファンタジー
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる