月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

45 魔女を祀りし者

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 こちらの会話の成り行きを見計らっていたのか、背後から付かず離れずで歩いて来る気配。
 目を向ける事はしないが、相手がそれを気にする事もないらしい。

「ここは私どもが全ての魔女様へと祈りを捧げる場。中央にあるものより建物の規模こそ小さいですが、より選ばれし者達しか訪れる事の許されない荘厳なる聖地にございます」
「聖地、聖地と来ましたか」

 端とはいえ、常盤ときわの魔女の領域。そして、非時ときじくの魔女が何等かの形で関わっているともなれば、魔女を崇める者達からすれば、確かに聖地なのかもしれない思った。

「魔女を崇めて奉ったところで何にもならないだろうに、本当に物好きだよな?」

 ばっさりと、その信仰心の無為さを伝えてみる。

「私どもは魔女様方に何かをして欲しいとは思っておりません。ですから、魔女様方へと望む事は一つにございます」
「結局のところ、何かを期待するのですね」

 温度を失ったフェイの声が、殊更平淡に響いた。

「はい、烏滸がましいとは存じております。ですが、敢えて言わせていただけるのならば、私どもの望み、それは、魔女様方の平穏、ただ健やかなれとそう願っております」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 思わずフェイと高速での視線のやり取りをしてしまった 。
 視線を交わしあい、けれど、何等かの意思が込められる事もない眼差しに、言うなれば、ただ混乱の確認だけがある。そんな一時。
 一切の悪意なく、他意なく、穿ったもの言いでもなく、ただ純粋に、心の底からそれだけを祈っているとそう思わせる、何処までも透明な微笑みを思わずにはいられなかった。
 だからこそ私達が失ってしまう言葉に、レイリアがどうかしたのかとばかりに僅かに首を傾げる。
 そんな仕種を見ていると、浮かべられる口もとの笑みは、経てきた時の流れを思わせているのに、目もとまで下ろされたベールの存在でいまいち分からなかったが、レイリアはだいぶ若い、もしくはもっと幼いのではないかと私はそんな事を思った。

「ここは時忘れの教会。その役目を果たす時が来たようです」

 不意に、見上げる何処かへとレイリアは感情の抑揚を失った声音でそう告げてきた。
 その変貌とも言うべき変化に、私もフェイも、驚くより警戒心を呼び起こされ、瞬間的に身体を強張らせる。

「いずれ戻られる銀礫ぎんれきの御名を冠せし御方様が為、彼の方が願いにより供物をお預かりしております」
「彼の方?」
「どうぞ、お受け取り下さい」
「受け取り拒否の申請を求める」

 全ての疑問を後回しに、咄嗟に私は叫んでいた。
 そうして、レイリアが見上げていた場所を同じく見ていた視線をレイリア自身へと戻し、

「いない!フェイ!?」
「分かりません。少なくとも私の察知出来る範囲にはいないようです」

 いた筈の場所から忽然と姿を消したレイリアの存在に、私は反射的にフェイを呼んだのだが、同じく気付いたフェイからは芳しくない返事しか返って来る事はなかった。

「完全にやられました。見ていた筈ですのに、消えた。気付かなかったですし、追えもしないなんて」

 諦めと戸惑い。自分を出し抜く程の技術ある者への称賛を思うより、未だ不可解としか思う事の出来ない困惑がそこにはあるようだった。

「はぁ、非時ときじくの魔女の関係者なら、こんなものだ。ぐらいに思うしかないな」
「経験ありですか?」
「魔女教の司祭でレイリアと名乗っていたか、だいぶ前になるが、今のと似た雰囲気のに会った事がある」
「普通の、修道女の方の様に見えました」

 武に精通している訳でも、何かを見定める雰囲気を持つでもなく、誰かを従わせる覇があるでも、逆に誰かに心の底から頭を垂れるでもない。良くも悪くも“普通”のカテゴリに収まるであろう人間。貶すでも、見下すでもなくただそうであり、そうであるべき存在。

「あれが普通?魔女ではないのに、魔女に似た何か、だいぶこちら側に足を踏み入れていると思うぞ?」
「・・・・・・」
「“普通”であるって事はいるって事だからな。一歩でもそこから外れてしまえば、ようこそこちら側。歓迎しないけどな」

 既に、姿どころか気配すらも感じなくなっている相手へと、それでも聞いているんだろう?とばかりに私は話し掛け続けた。

「貴方は、アスは魔女である事を・・・?」

 寄せられる眉根に、フェイにしては珍しい表情だなと、それだけを思った。

「言いたい事は分からなくもない、と思う」

 自分の発言がそう言う風に受け取られるかもしれないとは思っていた。
 魔女である事、或いは誰かが魔女になと言う事を嫌がっているのか、疎んでいるのかと。
 けれど、はっきりと聞かれたなら、そうではないと、やはり何でもない事のように答える事だろう。

「厭うでもないし、悔いるでもない。そういうもので、そうであるだけだな、思う事は」

 それは本当に何でもない、何も感じていないかのような言葉になってしまった。

「睥睨出来る程に達観は出来ていないし、全てを知らないふりで通せる程に厭世している訳でもないが、俯瞰視点は楽だぞ?たぶん」

 どう言う締め括りなのかと自分でも思うが、何にも関わらず、何にも心を寄せず、そうであれたらと思う事は確かにあった。
 だからこそ、嘗ての自分は秘境と言われるような地に引き込もっていたのだろうから。

「私には分かりません」
「そうか」

 緩やかに左右へと振られる首。私は短く応じるが、ひたりと固定される眼差しに、どうやらフェイの言いたい事は終わっていなかったのだと理解した。

「ですが」
「ん?」
「それっぽいことを言って、あれを見ないようにしている事は分かりますので、諦めて下さい、とそれだけです」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 容赦のないフェイの言葉に、私は続けられそうな言葉すらも見付けられず、ただフェイを見詰めてしまう。
 フェイを見詰める事で、フェイが指し示すものを見ないようにしているとも言えるが、それ以上何かを言う事なくそこにあるフェイの微笑みに、どうしようもないと、そう観念するしかないようだった。
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