月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

文字の大きさ
上 下
48 / 214
【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

42 信頼すると言う事

しおりを挟む

「そろそろだと思うんだが」
「どうでしょう、何の気配もしない事がそう言う事と言ってしまえばそうなのかもしれませんが」

 順調な道行きと言えばそうで、手強い相手はおらず、迂回を強いられるような場所もなかった。
 逆に言えば、小物の相手はそれなりにしていて、足取りを鈍らせるような場所はあった。

 そろそろの筈ではないかと、自分の感覚でしかないので本当のところはわからない。けれど、その感覚こそが間違いではないと伝えて来るのだ。

「惑わされているか?」
「・・・・・・」

 可能性を問うと、返ってきたのは沈黙だった。

「フェイ?」
「いえ、これは私の手に負えないなと」
「成る程、御大が自ら仕掛けに来た感じか」

 呟くと、こちらが気付くのを待っていたと言うように、周囲がざわめいた。

「勝算を与えなければ仕掛けてこないんじゃなかったのか?」
「それは向こうが何を以て勝利とするかの条件にもよりますよ」

 昨日の会話から軽い口調で問えば、今度はフェイもまた何でもない事のように返してきた。
 こちらをどうしたいのか、それが叶うのかどうか、それらによって変わる勝利の形。確かにそう言うものだと納得し、では、向こうの勝利条件とは何なのかと考える。 
 答えが出る前に、凪いでいた森の空気が、吹き荒れる様にローブコートがはためき、髪の毛が視界で乱舞する。
 未だ正午前であった筈の時間帯に、けれど、一気に辺りの明度が落ち、周囲を鬱蒼とした闇が包んでいた。

「アス、九尾の幻覚は防ぐ事が出来ないと思って下さい」
「視覚や聴覚だけでなく、中枢神経から脳を侵すのだったか」

 囚われたと思った時には手遅れで、そもそも、囚われていると自覚すらもさせる事なく獲物を自らの手中へと落とす事が出来る。それが、狐から変異した魔獣の特性だった。
 当然能力の強弱や、どう作用して来るか等の差異はあるが、狐の魔獣はまず間違いなく、感覚を惑わせる魔法を持ち、それが九尾ともなると、最大限の威力を以て襲いかかってくる事になるのだ。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 何かを言う事もなく。何かをする事もない。
 惑わされ、狂わされているのなら、下手に動けば同士打ちに繋がり、声を発してもそれが正しく伝わるか、そもそも正しく発する事が出来ているのかも分からなくなるからだ。

(アスか、やはり、個と認識して呼ばれると、ここにいると感じるものなんだな)

 囚われたと認識して、なのにこの窮地に焦るのでもなく、私は呼ばれた名前について考えていた。

 名前は個としての己を自覚しやすくする。私と言う個が呼ばれ、呼ぶ相手がいると言う事で、ここに在るのだと今更ながらに自分を意識する。

「アスティエラ、それが私」

 囁く様に、口ずさむ様に、私は誰にでもなく言葉を紡いだ。

「・・・名に頂くは“星”の意、冠するは“銀礫”の綴り、こいねがわれしものをしるべとし、導きをる」

 誰にでもなく、何処へでもなくただ音に綴る。
 けれど、誰かが聞いていて、何処かには届くのなら、それは宣誓となり得た。
 アスティエラが、銀礫である事を、今ここに宣言したのだ。

 そうして、その宣言は世界に受理祝福される。
 リンと、それは高く澄んだ鈴の音の様に。
 シャラシャラと風が鳴り、運んで行く音色を空気中の水の気が増幅し響きを重ね連ねて行く。

「私の道は私の前に」

 遮る事など許さないとばかりの強い思いを、密やかな呟きに込め、唐突に一つ打つ柏手に、手の平どうしで圧縮して潰された空気が思いの外、大きな音を鳴らし森へと響いた。
 そして、後に残ったのは呆気ない程の静寂だった。
 何時の間にか、周囲の光景はもとに戻り、森林浴に良さげな木漏れ日が射す森の光景に、何処かで鳴く鳥の囀ずりが長閑さを演出している。

「フェイ?」

 隣にいて、けれど俯いてしゃがみこんでしまっている姿に気付き、不思議そうに声をかけると、その肩がびくりと大袈裟な程跳ねた。

「・・・・・・」
「あ、違います。魔法・・・いえ、魔力?あてられて、少し時間を下さい」

 それだけを告げる間に、フェイの虚ろだった口調が明確な発音を取り戻し初めていただけに、大丈夫そうだと思いその場で佇みながら時間を潰す。

 ことばに魔力を載せ、こちらを捕らえようとして来る相手方の力を強制的に破棄キャンセルさせる。それが私の取った手段だった。
 本来なら、相手との力量差がなければ成立しない、これはかなり力業の対処となる。
 恐らくフェイは正攻法である、魔法を読み取り、魔法を構成する式を解き明かす事での解除を試みていたのだろう。
 自分の魔力を薄く、全体的に相手の魔法に絡み付かせるようにして行われるそれに、私の力業が強引に破棄キャンセルをかけて来た。巻き込まれ物凄く影響を受けたのではないかと思う。
 かなり申し訳ない事をしてしまったのではないかと今更ながらに思った。

「大丈夫です。祝詞に気を取られていて、そこまで深く結びついていた訳ではありませんので」
「すまなかった」

 大丈夫だと言って立ち上がるフェイへと私は頭を下げた。
 考えなしのつもりはなかったが、憔悴の残るフェイの顔色の白さに、これは酷いと自分でも思ったのだ。

「もういないようですね」
「もとから近くには来ていなかったんだろうな。嫁のどちらかを中継していて、その嫁ももう一匹と他の取り巻きが回収していった」

 だからこそ力業が効いたのだ。何かを中継しているのなら、もともとの魔法の威力はどうあれ、中継点を叩いてしまえばそれで済むのだから。

「中継点、よくそれがいると分かりましたね」
「フェイに勝算が分からなかったのなら、そんなもの存在していないって事だろう?なら来ていないと思ってな」
「・・・・・・」

 いるかどうかは分からなかった。だから、フェイをただ信じた。私としてはそれだけだったのだ。
 勝算を与えなければ出てこないと言った相手からの干渉。勝利条件によると言いながらもそれについてあの段階で言及していなかったフェイ。ならばそんなものと私の中で答えは出ていたのだ。

「あまり私を過信しないで下さい」

 沈黙から力ない笑みをその表情に、私の考えを理解したのであろうフェイが嘆息混じりにそう告げて来た。

「大丈夫、問題ない」

 けれど、私は何でもない事のようにそんなフェイへと頷いてみせる。
 そんな反応に、フェイはどうしようもないのかと、ただ肩を落としていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

処理中です...