月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

36 幻霊狐

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「いえ、合っていますよ、ただ私に従う気がなかっただけです」
「オイ」

 悪びれもなく、呆気からんとしたあまりな言い様に、唖然とし過ぎて片言となってしまった。

「魔女とは名ばかりで殆ど魔法の使えない私と貴方です。何かあった時にも、どうにか出来る程度に距離の維持を心掛けていますので、気にしなくて大丈夫ですよ」

 その言葉に私は目を瞬かせるが、虚を突かれたと言う訳ではなかった。
 気付かれているだろうなと思っていたのだ。
 リハビリとして一緒に戦った時も、私は殆ど魔法を使っていなかったのだから。
 けれど、言われた内容に、私はそこには触れず、フェイの告げた大丈夫の意味合いをだけを想定する。

「大丈夫。んん、まぁ、いやインビジブルが出て来る可能性があるしな」
「不可視の特性持ちですか」
「そう、通常の探知じゃ引っ掛からないレベルのがいてな、あいつは、下手に近付くとあいつの持つ特性に逆に引っ掛かるからな」

 私が触れなかった事で、フェイもまたそれ以上を告げてこなかった。それで、その話しはここまでになる。
 これもまた先送りで、見ないふりの一貫だとそう思った。

 インビジブル、所謂不可視と言われる特性を持った生き物がいる。それは魔獣に関わらず、普通の動物や昆虫なんかにも持つものがいる程の一般的でもある特性でもあった。

「保護色や擬態、迷彩なんかでしたら大丈夫ですけど探知に引っ掛からないとなるとステルス性の特化かソフトキルですか」
「いや、分からないが、と言うかステルスとソフトキル?どう言う特性だそれ?」
「詳しくは省きますが、探知能力に正面から対抗しようとした特性ですかね。普通に隠れ潜むと言うより、探知能力持ちありきの、特性と言うより相対技術でしょうか?」

 聞いても分からないままだが、そう言う技術があると承知しての行動と言うのなら、確かに任せても良いのかもしれないと少しだけ考えた。

「泉は緩衝地帯みたいなものだったが、たぶん見られていた。崖下ぐらいから、もう縄張りに完全に入っているんだが、分かるか?」
「二つ、強い気配がありますよね」
「それは、番の雌達だ。その奥にいるのがここいらの主になる」

 いるのは知っているが、私には分からない。それがこの森の北側を治める存在なのだ。

 すうっと細める双眸に、フェイが常時展開しているのであろう気配を辿る為の魔法を強化しているのだと気付いた。

「この感覚は覚えがあります。能動的な反射、散らす魔素による妨害はミラージュフォックス?いえ、より上位のですか」
「雌はミラージュフォックスの二尾と三尾だろうな。主は七尾で霊獣になりかけていたんだが、無事に昇りつめたんじゃないか?」
「霊獣、九尾ですか・・・」

 どう言う風に感じているのか、フェイにはやはり分かるらしいと素直に感心した。

「分かるか分からないが、相当魔素を溜め込んでいるから、単純に強いし、あいつは人間以上に狡猾だからな」
「魔獣化した獣が更に研鑽を積んで、より魔素に馴染み、物理的な躯から解放される」
「精霊に近い霊的な存在になる。それが昇華サブリミッションであって、その過程で尾が九本にまでなった狐はかなり厄介らしいな」

 何等かの書物の内容でも暗証するかのようなフェイの言葉に、私もその先に続くであろう内容を告げる。
 魔獣化した狐の尾の数は、蓄え、そのまま扱う事の出来る魔素の量に比例していると言われている。
 一本の尾を増やすのにだいたい百年かかるらしく、九本の尾と言う事はおおよそ九百年生きている古参のものと言う事なのだ。

「気付いていて、気にしてはいるが、今のところ動く感じはないな」
「狡猾だと言うのなら意味もなく仕掛けて来る事はないでしょうし、仕掛けて来たとしたら、何等かの勝算を与えてしまった時です」

 確かにと、私は一つ頷く。
 別に敵対している訳ではないのだが、とある事情から私はこの相手とはあまり関わりたくなかった。
 その思いが表情として出てしまったのか、フェイが目を瞬かせるようにして私を見ている。

「それで、まぁ、狐らしく魅了チャーム持ちでな」
「そう言えば、番が二匹・・・?」
「なんか、尾の数だけ雄は伴侶を持つ事が出来るらしい」

 一夫一妻の夜鷹ノクスアクィラとは違い、ここの主は私の知る限り、既に二匹の奥さんがいる。そして、尾の数だけ妻を迎えても良いと言うのなら、今現在では、恐らく後七匹の空席があると言う事なのだ。

「本人達が良いのなら別にいいのでは?」
「他種族の妻を持つ事があると言ってもか?」
「・・・害獣のようですし、始末しておきましょうか」

 色々と察したらしい。そして何かが許せなかったらしい。
 存在を感じる方にか、突然フェイは踵を返し、先に立って歩き始めたのだ。

「魅了持ちの、異種族婚。種としての特性なのかもしれませんが。相手の意思に背いた婚姻を強いる雄は害にしか思えません」
「ついでに、魔女と言うか、魔力の高い雌が好きらしく、私も口説かれたクチだし、マトゥヤも追いかけ回されていたな」

 火に油を注いでみた。
 魔女を口説く狐。
 常盤ときわの魔女は適当にあしらって、上手く使ってもいたが、私はそう気の長い方でもなく、早々にカイを嗾けて追い払って貰った。
 さて、フェイはどうするのかと興味が湧いてしまったのだ。
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