月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

29 出発一日目

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「一応で、どうしようもなくですが、付き添いで、お目付け役なフェイです。改めまして、宜しくお願い致します」

 夜が明け始めたばかりのまだ薄暗い時間帯、コテージの外で顔を合わせたフェイが開口一番にそう告げて来た。
 灰色がかった青緑色のフード付きローブコートをチュニックの上に着込んだ旅装束に、爽やかな笑顔で、穏やかな口調。なのに、告げて来る言葉の内容には含みがあり過ぎるような気がして、唖然としながらも私は笑ってしまった。

「気を遣って、出て来ないでくれたのは何となく分かるが、盗み聞きをいちいち申告してくれなくても良いんだぞ?」
「いえ、どうにも聞いてはいけないものが多分に含まれていたような気がしますので」
「うん?聞いてはいけない?」

 何かあったかなとばかりに首を傾げて見せるが、別に何かを誤魔化しているつもりはない。
 フェイを窺えば、何時も通りの穏やかな笑みがその表情にはあり、けれど、その笑みに何処か陰りを感じるのだから、フェイが何か不味いものを聞いてしまったと思っている事は確かなのだろう。

「まあ大丈夫じゃないか?」
「はい?」
「カイは分からないが、私には聞かれてどうこう思うものはないし。そもそも、ここは今カイの領域みたいなものだからな、駄目ならいくらフェイが相手でも聞かせるような事はしないだろ」
「そう言われてしまうと、そうですか」

 納得してしまえば、切り替えは早いらしく、引き摺る事もないらしい。
 本当に気にしていたのかと思える程だが、そう言うところも、私にとっては好ましく思えるのだ。

「出発出来るか?」
「何時でも行けますよ」

 一応の確認を取った後、私は着込んだ深浅葱色のローブの下で、ウエストポーチの亜空間からあるものを取り出した。

「えっと、ツァールの、この子だな」

 両の手で持ち、取り出したそれは、鮮やかな深碧色をした、鳥形の絡繰だった。
 私がその絡繰を、下から上へと、反動をつけるように飛び立たせると、機械的な外見からは想像出来ない程の滑らかな動きで翼を羽ばたかせ、コテージに隣接する大樹の枝へと自らとまって見せた。

「ツアル君Ⅱ型ですか?」
「Ⅱ型もあるが、これはツァールⅢ型の定置型中規模結界装置。このコテージぐらいならⅢ型の守りで大丈夫だろう」

 見上げる場所にとまり、獲物を待つ鳥のように存在感を消し、微動だにする事なく羽を休める姿は、遠目には、本物の鳥に見える。

 フェイの言うツアル君とは、ケツァールと言う鳥の魔獣をモデルにした鳥型の魔法道具であり、魔晶石を動力に風の魔法を基幹とした結界を構築し、指定範囲の守りを請け負ってくれる。

「“行ってきます”」

 その言葉に、ツァル君から不可視の力が迸しり、瞬き程の間で私の視界からコテージが消えた。

 消えたと言っても、何処かへと移動したり、消滅したりなんて事はなく、そこにあると言う事は変わらない。
 空気の濃度差を利用して、光の屈折率と反射具合を調整し、そこにあるものを見えにくくする事で存在そのものが認識し辛くなっているだけなのだ。

「あの子は“ただいま”って声をかければ機能は停止するから、覚えておくと良い」
「はい。行ってきますと、ただいまですね。ですが、Ⅲ型はシールドや隠蔽などもカバーする高機能さがある反面、動力の消耗がかなり激しかったと思うのですが?」

 いくら高機能とは言え、動かなくなってしまえば意味がない。何時まで持つのかフェイなりに心配してくれているのだろう。だがこれについてのみ言えばその心配は不要なものだった。

「あれは半永久的に稼働し続ける特殊品。だから、心配はいらない。さて、大丈夫そうだし出発するか」

 一通りの稼働確認を終え、何となくツァールへと手を振ると私は北へと進路を取って歩き出した。

「ツアル君じゃなくて、ツァールで、半永久機関・・・まさか、集積魔洸炉」

 歩きながらも沈んでいた思考にか、フェイは呟き、そして一つの答えに辿り着いたらしい。

 私は朝食用にと、水筒に入れていた昨晩の残りのラビシチューを片手に進んでいたのだが、フェイの視線を感じ、そちらを向いた。
 もとから良く煮込まれていたラビ肉のシチューだった為に、温め直した事で完全に煮崩れ、新たに加えられた少量の穀物が、その旨味を吸っていてより美味しかった。

「先は長いが、昼までに抜けないと不味い場所があるからな、歩きながらでも食べておいた方が良い」

 促せば、自分の亜空間収納から同じような水筒を出して、シチューを食べ始めるフェイだったが、その視線はやはり私を追っていて、思わず吹き出しそうになってしまった。

「そんなに気になるのか?そもそもだが、集積魔洸炉なんて良く知っていたな?」
「三百年程前の技術で、先の災禍の顕主との戦いで、失われた技術だと、蕾華らいかの魔女から以前に、少し」
「失われたと言うか、大もとは自滅で、こっちと東の大陸に入ったものは、常盤ときわ地祇ちぎの魔女がそれぞれ処分した筈だ」
「処分?魔女がわざわざですか?」

 フェイの驚きに、私は頷いて応じる。
 魔女は基本世俗に関わらない。魔女としてでなければ、わりかし好き勝手にやっているが、この時の常盤ときわ地祇ちぎの魔女は間違いなく、魔女として動いたのだ。

「あれは残せないと判断した。少なくとも、当時のあのままの技術ではな」
蕾華らいかの魔女は自分が完成させると息巻いていましたが」
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