月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

28 出発前夜

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「こういう時、思うのだが、鈍いとかでなくて、私は何処かがおかしいか、何かが欠けているんだろうな」
「・・・・・・」

 困ったように、苦く笑う私にカイが言葉もなく瞠目する。

「ここに来て、養い子で、妹で、大切にして貰って、家族で・・・私もきっと大切だって思っていて、他のその他大勢より思い入れもあって、なのに、何で私は何があっても側にいようって思えないんだろうな?」
「どう言う・・・?」
「カイ」

 遮るように真っ直ぐにカイを見て呼ぶ名前に、カイは何かを察したのかもしれなかった。一瞬強ばった表情に見返され、けれど、私はただ問う為に言葉を続けて行く。

「エメルディアは死んだのか?」

 その瞬間の、空気が張り詰めた様な静謐が耳に痛かった。

 ここを離れる前に確認しなければと思い、けれど、今この時になるまで告げられなかった問いかけ。
 何かを察し、何処かで分かっていても、躊躇い、逡巡し、結局聞けないのが“普通”なのかもしれなくて、そうでなくても、相手を気遣い、相手の心が落ち着き定まるまで気付かないフリを続けるのが“思い遣り”なのかもしれない。
 そう知っていて、それでも私はただ問うのだった。

「“火”、“風”、“水”、“雷”、“時”。状態はおいておいて今在る魔女はその五つ。眠っている魔女も、もういない」

 聞いておいて、カイの答えを待たないまま私は告げる。
 眠っている魔女がいない。それはまだ目覚めていない魔女はもういないと言う事。
 つまりは、今いる災禍の顕主が斃されない限り魔女が増える事はなく、それ以上に、今いない魔女は既に魔女でなくなっているか、死んでいると言う事だった。

「エメルディアが、常盤ときわの魔女が魔女の役目を放棄するなんて有り得ない。分かっているから、・・・オババはもういないんだな」

 伏せ目がちに、けれど、喋り続ける自分の今の表情が分からなかった。
 常盤ときわの魔女エメルディア、それが私の養い親であり、緑の魔女グリュン・マトゥヤと名乗りながらオババと呼ばれる存在だった。

「・・・違う」

 囁く様にカイは否定を呟く。

「色々なものを見るのが好きで、放浪する事が趣味みたいなもので、人が好きで、人に囲まれる事も好き。気紛れ、は魔女が全員そんな感じだからおいておいて、人に感謝される事も、人に畏怖される事も面白がるだけで躊躇わない、そんな人で・・・でも、もういない」
「本当に、違うんだ」

 違うと否定を紡ぐのに、カイの声音には強さがなかった。
 だから私も核心を告げてしまう事にした。

「カイが、魔女の繋がりチェインであるものが、“役目”を果たせる程の代利権を受けているのに?」
「やっぱり、気付くか」

 何かを諦めたかのように、カイは伏せ目がちに一つ深く息を吐き出していた。

 魔女の繋がりチェインは時に魔女の力と役割を代行する。
 魔女が死ぬ時に、何等かの理由で次の魔女へと役目の引き継ぎが出来ない時に中継ぎを頼み、或いは魔女自身が望み、力を託す。
 けれど、大半の繋がりチェインは、魔女が死ぬ時に、その運命をともにしていた。それ程までに強い繋がりを持つ事もそうだが、繋がりチェインとなる時に、魔女の力と引き換えに命の一部を共有してしまう為に、どうしても主となる魔女に引き摺られてしまうのだ。

「ここでた時に、エメルディアに酷似した、でも違う反応を見た時には確信していた」
「確信か」
「そう、目を覚ました時には違和感程度にしか分からなかった」
「その時には、もうか。本当にまだ知らなくていいと、手を回していた事に、意味はなかったな」

 カイが知られたくなかった事。これがその一端で、カイにとっては一番大きな案件だったのではないかと思われた。

「だから、カイ・・・兄さん、ごめんなさい」

 カイを兄と呼びそのまま謝罪を告げると、突然の事に訝る表情でカイは私を見ていて、なのに私は、その表情へと苦笑を返す事しか出来なかった。

「私がカイと呼ぶのは、少なからず銀礫ぎんれきの魔女である自分がいる時」
「それは知っているが?」

 だから、兄と呼ぶ時は純粋に“家族”を思う時だった。

「勇者達と旅をして見てきたのだが、家族の誰かが死ぬと、その人を思って残された者は涙を流すものなんだ」

 それは家族だけに限るものではなかったが、それでも、間違ってはいないと私は思っている。
 失ってしまって悲しいと、この先にその人がいない事に気付いて、それからいてくれた時を偲んでと、抱く思いにただ涙する。

「でも、私は、泣けなかった」
「っ!」

 淡々と告げると、カイが唖然と息を飲んだ。

「それにな、残された家族は寄り添って、それぞれが立ち上がる事が出来るようになるまでは、そばにいるものなんだ」

 そう知っているのに、私は旅立った先の事だけを考えて、明日にはカイを置いていくのだ。
 その事にカイも気付いている。
 私は家族だと言う存在を省みていないのだと。

 だから私は、おかしいとか、欠けているのだとか言う前に、ただの薄情なのだと思う事も出来た。

「ごめんなさい」

 ただ繰り返される謝罪に何を思うのか、カイは目を閉じ俯いていた。

「・・・明日見送りはしない」
「そう」

 どれだけそうしていたのか、開かれた双眸に、常緑の瞳が私を映し、カイはそれだけを告げて来た。
 私はただその宣言を受け入れる。
 自分の行った告白に当たり前だと思いながらも、何故か自然と俯いていってしまう顔に、私の落とした視線が地面を映していた。

 その時、ふわりと気配が動く様子に、自分が抱き締められたのだと気付いた時、柔らかな声が降ってきた。

「約束だから言えない。でも、大丈夫。それだけは信じていて」
「兄さん?」
「分かっていた筈なんだが、本当に、私の妹は鈍くて困るけど、今回は一応で、どうしようもなくだが私の認めたお目付け役もいるしな」
「カイ?」

 問う言葉は悉く無視され、カイは一方的に告げて来る。

「ちょっと許可がいるから、今から行ってくる」
「何処へ?何?」
「私の愛しい養い子。ちゃんと戻って来る事、その時には話せるようにしておくから」
「・・・・・・」

 頭を撫でられる感触が心地好く、そう思った時にはカイはその姿を銀鹿シルフアローへと変えていた。

「それと一つだけ、ウィルガイアが死んで、エメルディアと最期に会っていた」

 告げられて、はかりかねる意味に目を瞬かせた時には既にカイの姿はなくなっていた。

「ウィルガイア、地祇ちぎの魔女?」

 撫でられていた頭を確かめるように、自分の頭へと左手を置きながら、私は聞いた名前を確認するかのように呟いていた。
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