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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】
21 リハビリテーション2
しおりを挟む「翼の皮膜がズタズタだな」
これは落ちる訳だと、私が思うのはそれぐらいだった。
手ではなく、腕の先からがそのまま巨大な翼であり、二足歩行で歩く、見上げる程の巨大な蜥蜴。それが、木々を薙ぎ倒しながらも迫って来ていた。
本物の竜種ならば、その飛行に風の魔法だけでなく大型の飛行種特有の重力制御等の強力な魔法が展開されている為に、例え翼を失ったとしても、空から落ちる事はない。
だが、俗に亜竜とも呼ばれる翼竜は、その飛行の大半を鳥等と同じく翼に頼ってしまっている。そのせいで、風を受けていた皮膜をやられ、落下を余儀なくされたのだ。
「飛ぶ為に身体が軽量化されているからか、落下自体のダメージはそれ程でもないようですね」
冷静な声が告げるが、左の翼が折れて歪な形をしているのは落下の影響だと思われる。そうなると、結構なダメージだと思うのだ。
「もう飛べないですから、大差ないでしょう?」
こちらの思考を読んだかのような言葉だった。
確かに、あのズタズタの皮膜では、もう飛ぶ事等出来ないだろう。だからフェイの言う翼自体が折れていようがいまいが一緒だと言うのも分からなくはなかったが、そこで不意に、翼竜や走竜等の存在は竜種未満であり、竜の名を冠する事すら烏滸がましいと怒っていた知人とも言える相手の顔が脳裏を過って行った。
「パラケルスス、ティンに会ったのか?」
何となく聞いてみた。
「錬金術師のパラケルススですか?私が会ったのはトゥーラと言う方ですが」
「子孫っぽいな。竜が好きで、亜竜は蜥蜴だと言って憚らない」
「そうですね、飛ぶ蜥蜴と、走る蜥蜴でしたか」
「本人じゃないよな・・・?」
そのまま過ぎる、私の知るティン・パラケルススと言う人物との言動の相似に、とある疑惑が浮かびかけるが、今は目の前の飛ぶ蜥蜴、違った。翼竜の相手をしなければならないと、気を引き締め直した。
「このダメージで良く向かってきたな」
「目を見て下さい」
何の事かと、横凪に振るわれた腕を飛び退いて回避しながらも視線を上へと向けた。
目線の高さの違いと、逆光で確認しきれなかった目の色合い。意識した事で、私にもまた、それが分かった。
「魔物化しかけてるな、この辺りの奴じゃないって事か」
「そうでしょうね、ここは常盤の魔女の領域が近く、領域に緑の賢者もいる状態ですから、魔物化はし難いでしょうし」
それは、魔獣と魔物の違いだった。
通常の動物や昆虫、植物が、空気中に酸素や窒素等と言ったものと同じように混じる魔素と言う物質に、高い濃度で晒され続ける。
すると、そのものの構成要素が魔素を取り込み変異を起こし、魔獣と化すのだ。
そして、その時に取り込まれる魔素が澱みにより侵されていた場合、それを取り込み変異を遂げた生き物は魔物と化し、より凶悪で理性や本能を欠いた存在となり果ててしまうのだ。
「瞳との境が殆どないか、色は緑で翼竜らしく風だな」
魔素には元素属性に伴う種類が 存在し、魔素の影響を受けるものは、その目に影響が出やすい。
火なら赤、風なら緑と言う色彩が瞳に出るのだ。そして、魔物化すると、その色彩はよりその系統の純色に近付き、本来であれば、白目であった部分ですらも、その色彩一色に染まる。
「魔女は魔物にモテますから」
「まぁ餌的な意味で好かれてはいるな、ついでに世界のご意思って奴がコレを何とかしろって、見合いを強制させるんだ」
軽口を叩きながらも、翼竜の凪払われる翼を掻い潜り、走る。
回り込みながら切り払う右足に、だが出来た傷では浅過ぎる。得物が短剣なのだから、刃の長さ的にどうしようもないのだ。
「切れ味は良いし、攻撃と防御の取り回しも楽なんだが、フェイ」
その瞬間、鬱陶しげに振るわれる翼が一瞬だけ硬直する。そのタイミングで合わせて飛ぶ事で翼を踏み台にし、そして私は、そこから更にほぼ垂直に跳ぶと、翼竜の背中へと降り立っていた。
視界の端、翼の付け根に突き刺さった一本の矢を見て、自分の唇の端が上がるのを意識する。
この矢こそが、翼竜が翼の動きを止めた原因であると直ぐに察せられ、あの名前を呼ぶと言うそれだけで意図を察してくれたフェイは、やはり優秀だと思い、どうにも楽しくなった。
私は、翼竜の首の付け根辺りに取り付き、頚椎へと左手の短剣を躊躇なく突き刺した。
難無くとは行かないが、厚い表皮を裂き、骨と骨の間を断ち切るように刃は進む。そして、柄ギリギリまで刃を深く埋めた。
ギャッと、断末魔は短く、そして、一瞬の硬直から、地響きを立て翼竜の体躯は崩れ落ちた。
それで、戦いは終わりだった。
「お疲れ様です」
「そちらもお疲れ様」
労いあうやり取り。
直前に刺した短剣から手を離し、私は地面に降り立っていた。
あのまま翼竜の上にいても問題はなかったが、倒れる時の衝撃を予想して、安全な場所へと飛び降りたのだ。
そして、そんな私の横に、フェイもまた危なげない着地を決めていた。
フェイはずっと、木の上にいて、そこから弓矢による援護と、観測者としての役割をこなしていたのだ。
「それにしても、死屍累々と言うやつですね」
「増えているとは言っていたが、一時間ちょいでこれはな、最初の方で回収したのもあるし、何匹いたのか途中から数えるのやめたぞ私は」
見渡さなくてもその数の多さに、回収の手間を考えてげんなりせずにはいられなかった。
一角兎にブラッディウルフ、一番の大物である翼竜。フェイの言う通り、森の一角が魔獣達の死骸だらけと言うアレな光景と化しているのだ。
「夕飯用のやつを何匹か残して回収しましょうか」
「だな、いくら臭いを上空に散らしてくれていても、さすがに気付く奴は気付く」
「何処からか翼竜も来てしまいましたし」
顔を見合せ、困ったように笑いあうと、そのままどちらともなく、後始末と言う作業に入っていった。
「そう言えば、そのウエストポーチ、“空”の手製か?」
「そうですね、正真正銘、空理の魔女の遺作です」
「そうか」
遺作と、その言葉に私は既にいない、会った事もない魔女の存在を思った。
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