月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

19 ミルク粥

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「フェイ、フェンに会った」
「はい」

 何時も通りの笑みだが、何時も通り過ぎてこれは違うと、そう私でも分かる表情で、フェイは返事を返して来た。

「今、何処にいて、どういう状態にあるのかは分からない」
「はい」

 落胆しても仕方がないであろう事を前もって伝えるが、フェイの声音に変化はなく、先程と同じ笑みで同じ返事を返して来る。
 その笑みはある種の仮面なのだろうと不意に思い至った。
 心の内を周囲に、或いは自分自身にすら隠し誤魔化す。その為のもの。

「ただ、私の夢へと強引に渡って来るぐらいには元気で、カイを本気で怒らせる様なものを放置して行くぐらいには、何時も通りのお茶目さんだった」
「はい、い、いえ、は?」

 珍しく動揺しているらしいフェイが、混乱の眼差しで見て来るものだから、私は何時ものフェイの代わりのような微笑みで一つ頷いてみせた。
 聞いたままであると言う肯定に戸惑い、そして視線をさ迷わせながらも、今度はその眼差しがカイを捉えに行く。そして、冷めていない怒りに、笑っているが笑っていない笑みを向けられ、そこでかえって冷静になったらしい。

「貴方の養い親を本気で怒らせたのに、お茶目で片付けて良いのですか?」

 瞬かせた双眸に、問い掛けとともにフェイは私へと首を傾げて来る。

「良くはないが、今更だろう」
「今更だな。今更でも私に許す気はないけどな」
「お手柔らかに」 

 今更、今更と私とカイにより重ねられる言葉にフェイは苦笑していた。
 もう大丈夫かなと、その笑みに私は判断し、心の中でだけ一つ頷く。
 口には出さないが、一々仮面など用意しなくても良いのにと私は思うのだ、面倒臭いと。

「翡翠色の羽の形をとっていたが、あれはフェンの魔力そのものだな。自分が得た何等かの情報を魔力に投射して寄越したらしい」

 ものとしては、私がジルへ駄賃だと言って投げ渡したものと同じもの。違うのは、それが本当に魔力そのものだったかを含んでいたかどうかなのだ。 

「貴方ですら許容し難かったものを、受け入れて持っていたと?」
「たぶんだが、フェンは中身を知らない。どう言う経緯で手にしたものかも不明で、実際にフェン自身が得たものでない可能性もあるが、予想は出来ていたって事か、確認する事なく隔離していたんだろうな」

 それが出来る事かどうかは分からないが、受け取った時のあの感覚からすると、あれはまともな状態では受け入れきれないだと言うのは確実だと思われた。
 そうなると、触れずに持っている事が出来たと言う事になる訳で、つくづくフェンは可笑しいと思うのだ。
 フェンは可笑しい、そう結論付けて、そこで私は自分の今の状態を棚上げしている事に気が付いた。 気が付いて、だが、私が今大丈夫なのはカイのおかげであると思い直し、そのまま棚上げを続行しておく事にする。

「内容の方は、」
「時間をかけるか、状況を揃えなければ無理だ」
「地道に紐解くか、呼び覚ます為の引き金を見付けるか。何にしても今は許可しないがな」
「との事だ」

 カイの頑とした様子に、これは無理だと思い早々に私は諦めて、そしてフェイもまた察したのか素直に頷いていた。

「・・・そう言えば、何か良い臭いがするな、食事中だったか?」

 話しの切れ目を思い、私は感じていた感覚へと意識を向ける。
 思えば、目を覚ましてからまともなものを口にしていない。色々あり過ぎて空腹を忘れていたのもあるのだが。

「そうでした。そろそろ目を覚ますかと思いまして、雑穀のミルク粥になりますが、食べられそうですか?」
「今自覚した。かなり空腹っぽい」

 私の素直な申告にフェイは僅かに目を見張り、そうして破願した。

「それは大変です。ここに運びますか?」
「いや、下に移動する」
「分かりました」

 そんなやり取りに、何故か私はまたもカイのお米様抱っこの末に、リビングのテーブルへと移動していた。
 空腹時のお米様抱っこは、満腹時よりもマシだと分かるが、やはりお腹に直接の圧迫感があり、抗議しかなかった事だけはここに言っておこう。
 何となくだが、カイにお米様抱っこが嫌だと伝えた事は覚えていて、なのに何故だと思わずにはいられなかったのだ。

「フェイが作ったんだよな?食べた事のない味がするが、暖まるし美味しい」

 ミルクと酸味のあるベリー系の味に、香辛料の刺激があり、お腹の中へと柔らかな熱が広がっていた。

「穀物もしっかり煮溶かしてあって、食べやすいのに、食感もちゃんと残ってて面白いな」

 雑穀と言っていたように、何種類かの乾燥穀物が煮てあるのだろう。食べやすいのに食べごたえもあって、じんわりとした熱と共にお腹へと溜まるのだ。
 ミルク粥を食べ進める私の感想をフェイは嬉しそうに聞いていて、望むままにおかわりを注いでくれる。結局、器に三杯程も食べてしまい、満足だった。

「そう言えば、この森の北に教会?みたいな建物ってあるのか?」

 カイに煎れて貰った食後のお茶を目の前に、私はそう切り出した。

「教会?」
「たぶんだがな、まだ、受け取ったものを正しく認識出来ていた段階で、幾つかの映像があってな、ここから北へと進路を取った俯瞰図だったように思う」
「それで教会か」
「そのまま海まで出るかと思ったが、森の切れ目辺りに建っていて、聖堂みたいな内装と、女神カルディアの聖印・・・無理だな、ここまでだ」

 寄せる眉根に、私はていたものを辿ろうとする意識を振り払うかのように首を横へと振った。

「確かにあるが、魔物の増加とともに、もうかなり前に破棄された場所だった筈だ」
「そうか、一度確認にいって来るか。もう何日か身体休めたらだが」

 険しさを増しかけるカイの表情に、慌てながらもそれをおくびにも見せる事なく、私は言葉を付け足した。
 それで良いのだと頷かれ、やはり危なかったのだと、内心の冷や汗である。

「貴方が動けないなら私が付き添いますよ。お目付け役ですね」

 そんな無言の部分でのやり取りに気付いていたのだろう。当たり前のようにカイへと告げるフェイがほのほのと笑っていた。
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