月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

17 安眠妨害の結果

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「はぁ、本当に忙しない。だいたい寝ている筈なのに全く休まらないとか、どうなっているんだ」

 首を傾げずにはいられない案件に、わりかし真剣に考えていた。

「フェンも、これ見よがしに何か残していったし、これ、このままにしておいても大丈夫だろうな?嫌な感じはしないのに、嫌な予感をひしひし感じさせるとか、結構凄いぞ」

 全く絶妙なさじ加減だと、自分でも謎だと思う誉め言葉を贈りたい。心から。
 おそらくは自棄を起こしかけている意識と、いっそ素直さを突き詰めようとしている思考が、暴走を許される時を待っている気がした。

「結局は同じか。ああは言っていても、フェンの唯一に関わるものであるなら見ないふりは出来ないし、そもそもが、ここでそう考えている事が既にって事だな」

 本当に手の平の上だと思わずにはいられないなと、溜め息を一つ溢す。
 何を選んでも、寧ろ選ばなかったとしても、フェンの望むところとなるのだろうと、そんな予感すらあったのだ。

「まあ一緒なら、そもそも悩む必要がなくて良い事だ」

 そう前向きに捉えて、そして、私は無造作に手を伸ばす。

 その瞬間のトゥィンと言う音の波紋。それは弦を弾くかのような音を思わせるものだった。
 羽へと触れる指の先に、一瞬散っていた燐光は震え、触れたところへと収束するかのような動きを見せる。
 そうして、集まろうとした反動なのか、唐突に光の粒が弾けた。
 カシャンと繊細な硝子細工を落とし、砕け散ってしまう瞬間のように、音は淡い燐光となって弾け、舞っている。
 光が解けるかのように羽の形は崩れ、シャラシャラと鈴鳴りの音が、遠く近くで反響し残響を余韻とし鳴り響き続けていた。

 この時になって私は予感の正体を理解していた。
 確かに悪いものではない。だが、受け取る事にかなりの覚悟が必要となるもの。
 幻想的な美しい音の羅列に反して、私の意識は脳髄で反響を繰り返す響きに圧迫され続ける。
 噛み締めた奥歯へと力を込め、光と音による侵食を受け入れるよう努める。そうして、耐えるように閉ざした瞼の裏へと幾つかの映像を受け取っていた。
 無彩色の、けれど鮮明ではある静止画。

「実際に見た、映像じゃないんだろうな、負荷が大きい・・・」

 そんな事を掠れた声で呟き、私は薄く開く双眸に、意識を急速に覚醒へと向けられて行く事に気付いた。
 急かすように、急き立てられるかのように、そうして私は休息や安穏と言う言葉からは程遠い眠りの世界から追い立てられていったのだ。



※ ※ ※

「何等かの、の能力で得た情報。あの映像は何だ、・・・気持ち悪い」

 目眩どころではない吐き気があった。
 無理矢理に寄越された情報。意識と記憶への介入。その負荷が大き過ぎて処理が追い付かないのだ。

「忘れるんだ」
「・・・・・・」
「忘れても、記憶の泉には映っている。今、必要でないのなら、必死に握ってなくて良い。手放してしまうんだ」
「・・・・・・」

 静かだが、柔らかな、耳朶に心地好い響きを与える声だった。
 その声にすら答えられないのは、そもそもの理解が追い付いていないから、与えられた情報が大きすぎて、それを取り零さないようにと必死になればなる程に、何かを認識する事が難しくなる。
 それでも、その声を声と認識し心地好いとすら思う事が出来たのは、その声が私にとって安らぎの象徴とでも言うべきものだったからだろう。
 過ごした月日。その間に受け取っていたものが、無条件に、その声の指示に従う事を良しと促す。

「・・・わすれ、る」

 拙い声が自分の口から発せられるのを、他人事のように聞いてしまう危うさを思った。
 そう、確かに思った筈で、なのにそう思った事すらも、次の瞬間にはもう酷く曖昧だったのだ。

「そう忘れて、私の愛しい養い子。それは今の君には必要のないものだから、手を離すんだ」
「たいせつ、な・・・」
「大丈夫、受け取ってしまったのなら、なくなりはしない」
「なくならない・・・わか、た」

 了承した事で、何かに深く安堵を感じていた。
 それから、深く、深く時間をかけて吐き出す息に、私は鮮明になりつつある意識を思い、目を瞬かせる。

「カイ?」

 そうして、そこにいる存在を認識し首を傾げてしまうと、目の前にあったカイの何処か緊張に張り詰めたようであった表情が柔らかく弛んで行くのを見た。

「はぁ、まったく、私の養い子は大人しく寝ていると思っていたのに、なんで壊れそうになってるかな」
「壊れ、ん?」

 意味が分からなかった。と言うか、今はどういう状態だっただろうか。

「様子を見に来たら、ベッドから体を起こしているのを見付けて、目が覚めたのかと声をかけたんだが反応がなかった」
「寝惚けか?」

 寝汚たなくはあっても、寝起きは悪くなかった筈なんだがと、若干落ち込みかけるが、カイの様子から直ぐにそれどころではなかったのだと思えた。

「そんなんじゃない!あれは、あの壊れかけた目は、・・・分からないが、無理矢理適正のない魔法を流し込んだ状態に似ていた」
「そう言えば、忘れるとか声を聞いていた気がするな」
「そうだ、まだ声が届いたから良かったものの、かなり危うかったと思う」
「そうか、世話をかけた、有り難う、カイ」

 申し訳なさと、感謝を伝えてカイを見ていると、一瞬宿りかけ露とされる前に消えた感情に、そのまま何故か凄く嫌そうな顔をされてしまった。
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