月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

12 迷夢2

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「目付きが悪い、が、既視感がある?」

 竜と言ってもその大きさは小型に分類される個体で、カイの銀鹿状態の時より二回り程度大きいぐらいだろう。
 擡げられた首に寄せられる鼻面。
 蛇に酷似したその頭の形に、怜悧な紫水晶の瞳が間近にあった。

「ジル・・・?」

 既視感を辿り、その瞳に“いつか”を見た気がした。

ールルルルー

 呼び掛けへの答えのつもりなのか、竜の喉が鳥の囀りのような音を響かせる。
 何処か機嫌の良さげなその響きに、厳しいだけだった見下ろして来る眼差しに、暖かみが宿った気がした。

「そうか、ジルなんだな。と言う事は、非時ときじくの魔女に招かれた訳か」

 納得したように私は一つ頷き、伸ばす手をジルと呼ぶ竜の鼻先で止めた。
 その指先へと、ジルの方から距離を詰められ、鼻先と指先が僅かに触れ合う。
 これがジルなりの挨拶だった。

「ん?ファティマは来ていないのか?」

 視線を巡らせるが、意味を成しているとは言い難い状況だった。
 空はなく、大地もない。天井や床、その上下の感覚もなく、その境界すらも存在していない場所。
 そんな場所に佇んでいると言う状態で、足下には何かを踏み締める感触と言うものすらもない不安定さの中、私はジルを繋がりチェインとする“彼女”の存在を探していた。

非時ときじくの魔女、ファティマ」

 “声”を意識して呼んでみた。
 水面に落ちた雫の一滴が波紋を拡げて行くかのように、“音”が彼方まで伝播して行く感覚。けれど、“声”にした事で、その先に届くべき相手がいないのだと、私は直感してしまった。

「ジル、呼んでおいていないと言うのはどう言う状況だ?」
ークルクルクルクルー

 喉を震わせる鳴き声に、ジルはおもむろに頭と広げた翼を下げ、その身を伏せた。

「乗れと言う事か」 

 意図を察してその背中に跨がると、ジルは二、三回翼の具合を確認するかのような軽い羽ばたきをさせた後、一際強く翼を打ちつけた。

「風圧もなければ、進んでいるって感覚もないんだが、不思議な感覚だな」

 瞬かせる目に、私はそう呟く。
 上昇している感覚も進んでいると言う感覚もない。景色が移り変わって行く事もない為に、ジルが時折翼を羽ばたかせても、どうにも座っているだけと言う感覚が抜けない。
 いや、実際に私は座っているだけだった。ジルの首筋に掴まる言う事すら殆どしていないのだ。

「昔はファティマの肩に乗っていたのに、今は私を乗せられるぐらいに大きくなったんだな」

 手持ち無沙汰となってしまった為に、その見た目よりも硬い羽を撫でながら感慨深くもそう話しかけていた。
 非時ときじくの魔女ファティマとは何度か会った事があった。その大半が今回のように、こちらの都合を考えず、と言った形でだが、それでも旧知と言って良いぐらいには会っていたような気がする。
 そして、その記憶の中の彼女の肩には何時だって、黒い羽を持った竜が乗り、紫水晶の瞳でこちらを見下ろしていたのだ。

 今私を乗せるジルは、黒い羽ではなく、暗い闇に解けて行くかのような濃い紫色をしていた。陽炎にくらく揺らめいて見えるそんな羽の色合い。けれど、その瞳だけは変わっていなかった。
 悠久の時を得て結晶化したかのような、深く濃い紫色の目への既視感。だからこそ気付く事が出来たのだ。

ー夢は過去 夢は未来 夢はまだ見ぬ千里の彼方にまでー

 何処から聞こえるとも知れない声が届く。状況からおそらくはファティマのものだと思うのだが、やはりその姿は何処にもない。

てー

 言葉に、ジルが空を打つ強い音が耳朶を叩いた。
 突然晴れる闇。切り替わる景色に反射的に私は体勢を低く取り、ジルへと強く掴まった。
 その瞬間に襲って来た突風。渇いた空気から成る荒涼とした風に、私は自分の鼓動が一際強く打つのを感じた。

「ここは・・・」

 声が掠れる。ジルの背に乗ったまま、遥か眼下に見る黒灰色の大地。
 剥き出しの岩と、風化して崩れた崖。硬く締まりながらも、潤いを得られる事のない大地は皹割れ、ただ乾いた風に砂塵を散らす。
 その光景に私はただ瞠目していた。

「ここは、北の大陸?何で・・・」

 知っている光景に私には疑問しかなかった。
 ここが、本当に北の大陸だと言うのなら。ただただ、その思いに思考は絡め取られて行く。
 有り得ないと、そう思うのに、けれど、どうしようもなく、私はその光景を見知っていた。
 ジルはそんな私に構う事なく飛んで行く。だから、辿り着いてしまう。

 大地が裂けていた。
 そう表現したくなる程に、その場所に入った亀裂は深く、その底を見通す事等不可能だと思われた。
 黒灰色の大地に入った奈落の底にまで通じるのではないかと思わせる程のその亀裂。かつて私は、私達はそこを下って魔物等の王、災禍の顕主と対峙したのだ。

討伐され倒したって、だからいない、その筈で、なのにどうして・・・」

 私は喘ぐように、掠れきった声で呟いていた。
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