月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】

11 迷夢

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「さすが、緑の賢者グリュン・マージのお茶ですね、すごく良い目覚めでした」

 朗らかな笑みを想起させる、称賛を告げる声。

「そのわりに、機嫌がいまいちのように見受けられるが?」

 怪訝そうに、ただ疑問を返す反応。

「ええ、洞察力も優れていらっしゃるとは感服いたします」

 言葉は何処までも丁寧なまま、けれど確実に皮肉であるのだろう。
 そしてそれは、ちゃんと受け取るべき相手にも察せられている感覚だったらしい。

「何が不満なんだ?毛布まで貸したんだぞ?」
「テーブルに突っ伏した状態で放置とか、赤くなっていますし変な痕がついて顔を上げられないなぁとか思っていませんが?」

 本当に分からないと言った反応に、更に本格的となった嫌味が静か過ぎる程に炸裂していた。

「そこで、勝手に寝たのはお前だろ?」
「気付いていていましたよ?飲んで差し上げたんですからもう少し配慮していただけても良かったのでは?」

 出されたお茶を素直に飲み、お茶をちゃんと飲む事で、お茶を出した相手の意図に添った結果を齎した筈が、何か納得し難い事が起きてしまっているらしい。

「お前に迂闊に触れるとか、怖いだろ」
「何がですか?」

 はぐらかされていると感じたのか、問い返される声が冷たい。

「お前の片翼だ。運ぶ為に抱き上げるだとか、私に死ねと言うのと同義だろ、あれの執着は本当に駄目だ」
「執着?自由を冠する風の司ですよ。何かを縛りつけるなんてする訳ないでしょう?何を言っているんですか」
「お前、まさか・・・・・・」

 両者の認識の致命的な違いと、相容れない絶対的な隔たり、本当に分からないといった、言葉通りに何を言っているんだと言わんばかりな反応と、その反応にこそ絶句しているであろうやり取り。


「・・・良い事だが、何か仲良くなっているな」

 二人にしては荒らげられている声でのやり取りを聞きながら私は目を開き呟いた。

 荒げられていると言っても、まだ普通の会話の範囲内、声の大きさ的にはそれよりもやや抑えられている程で、二階で寝ていた私でも聞こうと意識しなければ、聞き取る事が出来ないぐらいだった。
 それでも会話の内容を追ってしまっていたのは、やはり、普段にない感情の揺れとでも言うべきものを感じ取ってしまっていたからなのだが、今はもう問題ないと判断していた。

「フェイの素の喋りと、カイもと言うぐらいには気を許した感じらしい。珍しく、何か警戒した風だったからな」

 小さく笑みを溢しながら身体を起こそうかとも思うが、正直、指一本動かす事も億劫だった。
 動こうと思えば動けるが、そこまでの必要性を感じない為に、まぁ良いかとの結論に落ち着き、身体へと込めかけた力を抜いてしまう。
 本当は声に出して呟くのも大変で、声に出したと言っても唇を微かに震わせる程度の、密やかな囁きだった。

ーふぃぃぃぃーー

 わざわざ声にした理由が身動ぐ。
 枕もとに置かれたバスケットから、こちらもまた気だるげな、力ない囀りが、微か過ぎる音量で聞こえてきた。

「キティ、頑張ってくれて有り難う。まだ寝ていて良い、おやすみ」

 バスケットの中には白い羽の間に目一杯空気を含み、これでもかとばかりに膨らんだ、私の繋がりチェインの姿。
 背中側へと頭を曲げて、羽の間に嘴をしまい込んでしまうと、何処が首で胴体なのかすら分からなくなってしまうのだが、細かくふわふわとした羽に埋もれるようにしてこちらを見ている紅い瞳と目が合っていた。
 紅い色彩の中で、虹がぶつかり合い燃えている。そんな不思議な虹彩の瞳が感情に乏しくこちらを見ている。

ーぃぃぃぃふー

 これは、鳴き声になるのだろうか?
 その微かだが、不思議な響きを聞き、労うように人差し指で首と思われる辺りを撫でてやると、キティは気持ち良さげに目を細め、そのまま閉じていった。

「おやすみ」

 もう一度呟き、そして私もまた目を閉じた。
 纏わりついている、眠りへと誘う唄の残滓へと、私は抵抗なく意識を手放してしまう。
 そう言えば、あの赤い星降りの花はどうなったんだろうと、そんな事を意識の片隅で思いながら。



※ ※ ※


 夢を求めない、個を何処までも曖昧にする深い眠り。
 絡み付く唄とともに、意識と無意識の狭間で揺蕩うままそこにいた。
 でも、やはりそんな時は長くは続かなかった。

 バサバサと鳥の羽ばたきのような音に一瞬キティの存在を思ったが、ここにはし、そもそも、あの子の羽ばたきはこんなに威圧的ではないなと思った。
 聞こえる羽音。音を捉えたと言う認識を起点に、意識の焦点を絞るかのようにして“自身”を自覚する。

ークルルルルー

 羽ばたきの鋭さと力強さとは対照的にその鳴き声には愛嬌があり、けれど、その“姿”と纏う雰囲気には羽ばたき以上の力強さと峻厳さがあった。

「竜・・・?」

ークルクルルルー

 見たままを呟けば、肯定とおぼしき鳴き声が返される。
 幽かに見える、暗い紫の体躯を覆っているのは硬い皮や鱗等ではなく鳥と同じ羽毛。翼もまた皮膜ではなく、数多の羽からなる翼だった。
 しなやかな首、その先で自らが見下ろす全てのこうべが上がる事をよしとしない、そんな睥睨するかの如き眼差しがなければと、私は見返す眼差しにそんな事を思っていた。
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