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【第一晶 ~新たなる旅立ち~】
8 三重魔法
しおりを挟む「悔しいって」
「キティは私のだからな」
「それで、私の養い子はこんなところで何をしているのかな?」
呟きを拾われていて、当たり前である筈の返事をフェイへと返していたら、カイの冷たい声が殊更低く響いた。
だから私は振り返る。振り返りながら、笑みを浮かべていて・・・
ーcelestial chartー
「あ、やめろ」
カイが焦りの声で静止を告げるが、聞くつもりはなかった。
ーhoroscopeー
ーastial filamentー
「三重展開の立体魔法陣?」
フェイの驚きの声に反応している余裕もまたなく、羽ばたき、今度こそ私の右手に降り立ったキティをアイコンタクトのもと、直ぐに空へと解き放った。
私の存在を中心に、円を描くようにして虚空を飛ぶキティの優美な姿。
歌うような高い囀りに、シャランシャランと幾つもの鈴を鳴らすかのような大気の唸りが呼応し唱和する。
空の星々が、淡い燐光とともに解け、繊細な白金色の糸が紬がれ舞う。
いつの間にか、周囲は静謐の闇に閉ざされていて、キティの飛ぶ軌跡を追うように、光が帯となり、線となり流れていた。
「・・・映して、星々の欠片」
囁くように、そうして、光の消えた夜空へと描かれるものを見ていた。
星の消えた夜空へとうっすらと残る細い月。その月を背景に、光の線が何等かの輪郭を浮かび上がらせて行く。
それはこの世界に三つある大陸を象っているのだと、見る者が見れば分かっただろう。
そうして、その大陸の形を描いた輪郭の各所で、幾つかの星が強く弱く瞬いていた。
「・・・深い澱み、災禍の顕現。王はいる、なのに勇者はいない」
熱に浮かされたような私自身の声は、情動の抑揚を欠き、ただ言葉の断片を綴る。
表情なく、瞳に映る全てを眺め見るままに、私は展開されたその光景を仰ぎ続けた。
「堕ちた星々、選定者の不在。だから、私は・・・」
ふっと、空の光が消失した。
同時に、私の意識もまた急速に遠ざかっていた。
「大丈夫じゃなさそうですね」
「当たり前だ、まったく。待ってあげたんだから、気が済んだなら寝ろ」
呆れを含んだフェイの声と、投げやりなカイの言葉。
けれど、カイのそれは怒りを押さえ付けているのだと分かるもので、人の姿を取り、傾ぐ私の身体を支えるカイへ、私は告げておく事にした。
「何?ちゃんと聞いてるから」
「お米様抱っこ、いや」
縋るようにカイの服の袖を握り、意識がちゃんと私の方を向いたところで、それだけを告げて、そこが本当に限界だった。
割れそうに痛む頭と、酷い筋肉痛を思わせる全身の熱っぽさ。そして同時に身体を苛む、氷の浮いた湖に落ちた後のようにどうしようもない寒気。
小刻みに震える手足から進んだそれらの症状は、典型的な魔力不足に因るものだった。
「目を閉じて、私の声にだけ集中していて下さい」
視界は既に意味をなしてはいなかったが、その声は私の意識に意味を持って届いていた。
目蓋を下ろすように当てられたのであろう、軽く置かれた指先の体温が心地よかった。
ー現から幻想へ風は誘う 望まれた夢見の世界へ貴方を招くー
ー蒲公英の綿毛が彼方までを旅するように 共に貴方を連れてゆくー
弦を弾くような音が耳朶を撫で、意識をここではない場所へと拐って行くように。声は子守唄のように、柔らかな旋律を刻んでいて、痛みは痛みのままだったが意識は深く透明な闇の中へと導かれ、何かを考える事も出来ないうちに解けて行った。
「お休みなさい。良い夢を」
その言葉を最後に、私の意識は完全に途絶えていて、凄いなと、ただ感心したのだった。
※ ※ ※
「ちゃんとした抱き方なんだ?」
「嫌って言われたら仕方がない」
「怒ってるね」
「・・・・・・」
両腕に抱えた小柄な身体。極力歩く振動が行かないように気を遣い、大事そうに抱きながらもカイは腕の中を見なかった。
「この子があの笑みを浮かべる時は、本当にロクな事をしない」
ポツリと呟くように溢した言葉に滲んでいるのは悔恨だろうか。
悔しくて、それ以上に恨めしい。その感情をぶつける場所を得られる事のないまま、視線は進行方向へと固定され続けている。
「でも、本気では止めなかった。無理だって分かったんでしょ?」
「・・・嫌になるくらい聡いところは健在だな」
「褒められてるって受け取っておくよ」
肩を竦めてみせる仕種のフェイ。
相手の感情の在る場所を探るのは、情報を求める上でかなり大事な事になる。それをカイは聡いと言っていた。
浮かべる嫌そうに顰めた表情。そうして、カイはようやく抱き抱えていた自らの養い子であり、妹である存在を見た。
「私が、気付いていて欲しくないと思ったものを、まだ見せなくて良いだろうと遠ざけにかかっていた事を、この子に気付かれた」
「あの向けられた笑みの瞬間に確信したって感じではあったね」
突然の魔法の行使。その直前に、向けられた笑みをフェイは思い出していた。
「あの笑顔はある意味牽制なんだ。止めたら口をきかないって、あの日もそう言われた」
「何?その子供の喧嘩みたいなの?」
「そうなんんだが、違う。この子の口をきかないは、本当に口に出さないだけなんだ」
「はい?」
「四六時中、距離をとっていても、愚痴が延々と届いて来て、どうしようもなく気が滅入る」
「よく分からないけど、嫌がらせの範疇を越えてない?」
瞬かせる双眸にもフェイは、唖然とした表情をカイが腕へと抱く存在へと向けていた。
「今も、あの時も、この子が魔女であるなら、知る事を避けられないものだった。けれど、それでも、今回は今でなくてはいけない理由はなかった。何も目を覚ましたその日の内に・・・」
帰り着いたコテージの階段を上る。その最中にもカイは意味がないと分かっている後悔を呻くように呟き続けていた。
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