14 / 214
【第一晶 ~新たなる旅立ち~】
8 三重魔法
しおりを挟む「悔しいって」
「キティは私のだからな」
「それで、私の養い子はこんなところで何をしているのかな?」
呟きを拾われていて、当たり前である筈の返事をフェイへと返していたら、カイの冷たい声が殊更低く響いた。
だから私は振り返る。振り返りながら、笑みを浮かべていて・・・
ーcelestial chartー
「あ、やめろ」
カイが焦りの声で静止を告げるが、聞くつもりはなかった。
ーhoroscopeー
ーastial filamentー
「三重展開の立体魔法陣?」
フェイの驚きの声に反応している余裕もまたなく、羽ばたき、今度こそ私の右手に降り立ったキティをアイコンタクトのもと、直ぐに空へと解き放った。
私の存在を中心に、円を描くようにして虚空を飛ぶキティの優美な姿。
歌うような高い囀りに、シャランシャランと幾つもの鈴を鳴らすかのような大気の唸りが呼応し唱和する。
空の星々が、淡い燐光とともに解け、繊細な白金色の糸が紬がれ舞う。
いつの間にか、周囲は静謐の闇に閉ざされていて、キティの飛ぶ軌跡を追うように、光が帯となり、線となり流れていた。
「・・・映して、星々の欠片」
囁くように、そうして、光の消えた夜空へと描かれるものを見ていた。
星の消えた夜空へとうっすらと残る細い月。その月を背景に、光の線が何等かの輪郭を浮かび上がらせて行く。
それはこの世界に三つある大陸を象っているのだと、見る者が見れば分かっただろう。
そうして、その大陸の形を描いた輪郭の各所で、幾つかの星が強く弱く瞬いていた。
「・・・深い澱み、災禍の顕現。王はいる、なのに勇者はいない」
熱に浮かされたような私自身の声は、情動の抑揚を欠き、ただ言葉の断片を綴る。
表情なく、瞳に映る全てを眺め見るままに、私は展開されたその光景を仰ぎ続けた。
「堕ちた星々、選定者の不在。だから、私は・・・」
ふっと、空の光が消失した。
同時に、私の意識もまた急速に遠ざかっていた。
「大丈夫じゃなさそうですね」
「当たり前だ、まったく。待ってあげたんだから、気が済んだなら寝ろ」
呆れを含んだフェイの声と、投げやりなカイの言葉。
けれど、カイのそれは怒りを押さえ付けているのだと分かるもので、人の姿を取り、傾ぐ私の身体を支えるカイへ、私は告げておく事にした。
「何?ちゃんと聞いてるから」
「お米様抱っこ、いや」
縋るようにカイの服の袖を握り、意識がちゃんと私の方を向いたところで、それだけを告げて、そこが本当に限界だった。
割れそうに痛む頭と、酷い筋肉痛を思わせる全身の熱っぽさ。そして同時に身体を苛む、氷の浮いた湖に落ちた後のようにどうしようもない寒気。
小刻みに震える手足から進んだそれらの症状は、典型的な魔力不足に因るものだった。
「目を閉じて、私の声にだけ集中していて下さい」
視界は既に意味をなしてはいなかったが、その声は私の意識に意味を持って届いていた。
目蓋を下ろすように当てられたのであろう、軽く置かれた指先の体温が心地よかった。
ー現から幻想へ風は誘う 望まれた夢見の世界へ貴方を招くー
ー蒲公英の綿毛が彼方までを旅するように 共に貴方を連れてゆくー
弦を弾くような音が耳朶を撫で、意識をここではない場所へと拐って行くように。声は子守唄のように、柔らかな旋律を刻んでいて、痛みは痛みのままだったが意識は深く透明な闇の中へと導かれ、何かを考える事も出来ないうちに解けて行った。
「お休みなさい。良い夢を」
その言葉を最後に、私の意識は完全に途絶えていて、凄いなと、ただ感心したのだった。
※ ※ ※
「ちゃんとした抱き方なんだ?」
「嫌って言われたら仕方がない」
「怒ってるね」
「・・・・・・」
両腕に抱えた小柄な身体。極力歩く振動が行かないように気を遣い、大事そうに抱きながらもカイは腕の中を見なかった。
「この子があの笑みを浮かべる時は、本当にロクな事をしない」
ポツリと呟くように溢した言葉に滲んでいるのは悔恨だろうか。
悔しくて、それ以上に恨めしい。その感情をぶつける場所を得られる事のないまま、視線は進行方向へと固定され続けている。
「でも、本気では止めなかった。無理だって分かったんでしょ?」
「・・・嫌になるくらい聡いところは健在だな」
「褒められてるって受け取っておくよ」
肩を竦めてみせる仕種のフェイ。
相手の感情の在る場所を探るのは、情報を求める上でかなり大事な事になる。それをカイは聡いと言っていた。
浮かべる嫌そうに顰めた表情。そうして、カイはようやく抱き抱えていた自らの養い子であり、妹である存在を見た。
「私が、気付いていて欲しくないと思ったものを、まだ見せなくて良いだろうと遠ざけにかかっていた事を、この子に気付かれた」
「あの向けられた笑みの瞬間に確信したって感じではあったね」
突然の魔法の行使。その直前に、向けられた笑みをフェイは思い出していた。
「あの笑顔はある意味牽制なんだ。止めたら口をきかないって、あの日もそう言われた」
「何?その子供の喧嘩みたいなの?」
「そうなんんだが、違う。この子の口をきかないは、本当に口に出さないだけなんだ」
「はい?」
「四六時中、距離をとっていても、愚痴が延々と届いて来て、どうしようもなく気が滅入る」
「よく分からないけど、嫌がらせの範疇を越えてない?」
瞬かせる双眸にもフェイは、唖然とした表情をカイが腕へと抱く存在へと向けていた。
「今も、あの時も、この子が魔女であるなら、知る事を避けられないものだった。けれど、それでも、今回は今でなくてはいけない理由はなかった。何も目を覚ましたその日の内に・・・」
帰り着いたコテージの階段を上る。その最中にもカイは意味がないと分かっている後悔を呻くように呟き続けていた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。


隠された第四皇女
山田ランチ
ファンタジー
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる